邪悪の家 PERIL AT END HOUSE アガサ・クリスティ 田村隆一 訳

1932年、「青列車の秘密」事件の4年後くらいのポワロの事件です。友人のヘイスティングズがアルゼンチンから来ていて語り手になっています。クリスティは42歳でまだ若く活動的です。ポワロは引退すると言っていますが元気でヘイスティングズと丁々発止やりあっています。

「邪悪の家」のあらすじ

ポワロとヘイスティングズは一週間の予定でセント・ルーのマジェスティック・ホテルに滞在します。

そこで一人の女性ニック・バックレイと知り合います。彼女はエンドハウスという邸宅のあるじでした。出会って早々、彼女の命が狙われているのをふたりは感じます。

何度かニックの命が狙われたあと遂に彼女の従妹が犠牲者となってしまいます。

財産も特別持たないニックはなぜ執拗に命を狙われるのか、その謎にポワロとヘイスティングズは挑みます。

冒頭「青列車の秘密」(28年)で出てきた南フランスのリヴィエラをポワロは思い出します。セント・ルーはそれほど素晴らしい海岸地帯ということらしいです。

しかし、ポワロとヘイスティングズはお互いわかっていない関係のまま会話をやりとりします。

ポワロは自分の素晴らしさを語りヘイスティングズは辟易するといういういつもの関係です。ということはよくわかった関係性ですね。

このままであればそのままの一週間だったのですがそこで一人の女性が登場します。彼女がこの「邪悪の家」のキーマンです。

「邪悪の家」の時代背景

1932年です。「オリエント急行の殺人」(34年)のモデルになったリンドバーグ事件が起きます。また女性の冒険飛行士アメリア・イアハートが大西洋横断飛行を成し遂げます。

この「邪悪の家」でもマイケル・シートンが世界一周の冒険飛行士として描かれて重要な役割をします。

この時代は飛行機が第一次大戦の新兵器と登場して以来の過渡期の時代だったのでしょう。時代は複葉機から単葉機へと変わっていきます。

クリスティのミステリを読む限りでは世界恐慌をまだあまり感じません。今回画商のジム・ラザラスがこの時勢では絵はお金儲けには適していないとこぼすくだりがありますが。

日本では5・15事件です。犬養毅首相が暗殺されます。

男ふたりの珍道中プラスひとり

たまに会ったと思われるポワロとヘイスティングズですが、やはり冒頭より関係がおもわしくありません。

ポワロは引退した身であると言い切り、12回も引退興行を打つステージの花形とは自分は違うのであるとホントにマジで更に言い切ります。

それを聞いたヘイスティングズは強情だと思いつつ敬服すると感じます。

が、はたして本当にそう思っているのかは疑問です。ポワロは果てしなく自己を賛美し続けヘイスティングズをある意味からきしのボンクラ扱いです。

さすがに怒ったヘイスティングズが「おい、ポワロ」と声を荒げて僕だって世界を見てきたんだと言い返してもいくら歩いても学んでいなけりゃ無意味だよ、と相手にしません。

その上農場の経営だってしっかりやってるんだとヘイスティングズが追加でアピールしてもそれは奥さんの力でしょ、という有様で全然認めないばかりか、まーまー、わかったから仲直りしようとやりたい放題の言いたい放題です。

ホテルの朝食でもお互い違和感を感じています。

ポワロはロールパンとコーヒーをベッドで、ヘイスティングズは伝統的にタマゴとベーコンとマーマレードです。

ポワロはこれも気になってしょうがないようです。髪の分け方やひげの手入れ(ヘイスティングズは生やしていませんが)までポワロはうるさいです。

ヘイスティングズはここらはスルーしますが。

そして傍若無人のジャップ警部がロンドンで登場します。舞台は完璧です。登場早々ジャップ警部はポワロをムチャクチャな会話で煙にまきます。

引退して後進に道を譲れとか言い出しポワロが老犬は老いぼれても抜け目なく追いつめると答えると俺は犬の話をしてるんじゃないといいがかかりをつけ、頭のてっぺんが薄くなったが顔につけてるアクセサリーはフサフサだとポワロを揶揄、ポワロが意味を解しかねているとアンタの口ひげを褒めただけだといってポワロがまんざらでもなくしていると腹を抱えて大笑いする始末です。

そして最後は「我ら健在たり!」と気勢をあげます。

「ABC殺人事件」(36年)でも変わりません。このひとたち、大丈夫ですか。

しかし、このトンチンカンに見えかねないふたりを本当にトンチンカンに思ってしまってはいけません。これは言うまでもないのですが。

邪悪の家のまとめ

「邪悪の家」は家に魅入られた人物の悲劇です。魅入られても妄想と現実の境目をわきまえねばいけません。

クリスティのミステリではサイコパスもよく登場しますが妄想肥大でとんでもないことをやらかす人々がいます。

今回のミステリはその際たるものでしょう。最後にポワロが自分を礼賛していうくだりはたしかにそのとおりでしょう。

現実世界でも殺人までは犯さないまでも現実と妄想の区別がつかなくなっているひとはいたるところにいます。

これは以前はまあ、中流以下くらいの方々に多かったように思えますが現在はかなりの大企業の舵取り役の方にまで見受けられるようになっているようです。

これでは太平洋戦争時代とおなじではないでしょうか。子供のころオトナは現実との乖離がそんなにカンタンにすすむものだとは思っていませんでした。

でもそうなんでしょうね。別の意味で考えさせられるミステリです。

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