過去をさかのぼる有名な1942年作品です。若い娘の将来のため16年前の事件の真相を追うポワロ。アツイです。得意のスサマジイシミュレーション能力を発揮して事件を推理します。チョコレートをすすってるヒマはありません。砲台庭園で起きた事件の真相とは。
五匹の子豚のあらすじ
若い前途ある女性が探偵ポワロの助力を求め訪れます。
その内容とは16年前、母が父を殺害した事件の真相を調べて欲しいというものでした。
犯人である彼女の母は無期懲役を言い渡されすでに獄中で死んでいました。
すべての関係者が犯人はクロだと言い切るなかポワロは不可能と思える事件にAIも真っ青な頭脳をたよりに徒手空拳で挑みます。
容疑者は五匹。いや五人です。
ポワロはタイムトラベラーさながらです。舞台になった現場は時とともに様変わりしています。
それを今現在の進行中の事件のように読者に披露する手並みはさすがミステリの女王アガサ・クリスティです。
事件のあった砲台庭園(バテリー)ではいったいなにが起きていたのか。事件は「藪の中」のように関係者によって微妙に異なります。
ポワロは関係者の心情にダイビングしてその記憶に肉付けします。
リアリティのある情景を浮かび上がらせるポワロはどんな不自然も見逃しません。
悲劇が起きた庭園の美しい情景があなたのこころを打つでしょう。
五匹の子豚の時代背景
1942年です。第二次世界大戦真っ只中です。
イギリスは日本とおもにインドで交戦中です。ドイツともヨーロッパ・アフリカで交戦中です。イギリス本国はUボートによる攻撃で物資が不足した状態です。
戦後の「ゆりかごから墓場まで」のキャッチフレーズで有名な福祉政策の原案がウィリアム・
アングロ・サクソン人は余裕がありますね。未来を見据えています。
しかし「ゆりかごから墓場まで」がその後延々とつづく英国病一因にもなります。
空中楼閣の庭園、砲台庭園(バテリー)
この事件はデヴォン州で起きた事件となっています。
「五匹の子豚」が非常にヴィジュアルなのはアガサ・クリスティが住んでいた家がモデルだからでしょう。
世界大戦で物資の不足に悩まされドイツ軍の爆撃の恐怖のなかロンドンをはなれた庭園でのミステリはひとびとのこころを慰めたでしょう。
「五匹の子豚」は16年前の事件を扱っています。リアルタイムで考えるとアガサ・クリスティが失踪騒ぎを起こした頃と重なります。
非常にうがった見方ですがアガサ・クリスティは「五匹の子豚」を執筆することによって自分のこころの問題を整理しようと考えたのではないでしょうか。いやただ整理がついたかどうかはわかりません。考えたこともなかったと言われそうですね。
藪の中…をつつくな。
「五匹の子豚」では各人のハナシは藪の中なのですが、藪をつついてはいけません。
ポワロが聞き取りをする人物はみな個性的に描かれています。
ポワロは非常に気を遣いそれぞれのフトコロに忍び込みます。
このときの数人に対するポワロの作法は非常に実用的です。
今ではこのようなヒトビトは少ないですがタマに出くわして無作法をやらかすとエライめに会います。
「五匹の子豚」で学びましょう。私みたいに失敗しないために。
礼1
ケイレブ・ジョナサン弁護士にポワロが会うとき何度か手紙でやりとりして泊りがけで来るようにという招待状を受け取ります。
ハナシを聞く当日もポワロは性急に進めずジョナサン弁護士が話題に自然とふれられるよう粘り強く夜中まで待ちます。
そしてブランデーでお互い打ちとけいよいよ本題へ。そのときまたジョナサン弁護士も昔風の作法に応じてくれたポワロに礼を述べます。
ヴィクトリア朝式ですか。
これは日本では明治、大正生まれのイナカに代々住んでるひとに多かったです。
しかも早口ではいけません。三分の一くらいの口調で9対1で聞き役にならないと「でてけ!」と言われます。いえ、「カエレ!」と言われました。
礼2
メレディス・ブレイクに会うときポワロは紹介状を二通たずさえます。職業上の紹介状ではなくデヴォン州に永く住んだ有力者からのていねいな紹介状です。
ひとりはおとなしい伯爵夫人からの古い友人を助けてあげてくださいというものです。伯爵夫人のイメージとは正反対の探偵という職業の人物を古い友人と紹介するのですから会わないわけにはいけません。
もうひとりは4代続いて住んでいる提督の紹介状です。信用できる人物であるからハナシを聞いてみると面白いよという内容です。これは半強制の効力があります。
礼1でやらかした経験をモトに知恵がついた私はできるだけ苦手なひとと会うときは以降そうしてます。
今は必要ないですが。ポワロは変人ですがスゴイ対人スキルの持ち主として描かれています。勉強になります。
翳り行く部屋
松任谷由実の名曲です。荘厳なラストシーンに私の脳内に流れました。その前のポワロのセリフがまたキマっています。
このときのポワロのセリフが「五匹の子豚」を格調高いミステリに押し上げています。このセリフを読むだけでも価値があります。マジに手が震えます。
五匹の子豚のまとめ
マザーグースの歌が主題の「五匹の子豚」ですがそれより第二次大戦中物資不足のなかこのようなミステリの需要があり出版されたイギリスという国の偉大さに敬服します。
当時の日本ならどうなんでしょうか。今の日本でもどうなんでしょうか。
そして遠い時代の礼儀作法は万国共通なのかもしれませんね。
また過去にさかのぼる作品としてはポワロの実質最後の作品「象は忘れない」(72年)翌年のクリスティ最後の作品トミーとタペンスの「運命の裏木戸」(73年)とあります。
「象は忘れない」(72年)ではオリヴァ夫人が活躍し聞き込みにまわります。
「運命の裏木戸」(73年)ではじつに半世紀以上過去にさかのぼり「バクダッドの秘密」(51年)「フランクフルトへの乗客」(70年)とクリスティが感じていた社会の不自然な「なにか」の根源を探り出します。