ヒッコリー・ロードの殺人 HICKORY DICKORY DOCKI アガサ・クリスティ 高橋 豊 訳

フルブライト奨学生のアメリカ人、アフリカからの留学生など多国籍な学生が滞在する学生寮での若々しいミステリです。この1955年イギリスではヒッピー文化の萌芽がすでに表れているようです。場違いなポワロは事務所の精密機械ミス・レモンの不安を払拭すべく奮闘します。

「ヒッコリー・ロードの殺人」のあらすじ

ポワロの全世界を秩序立てているミス・レモン。完全無欠とは彼女のためにある言葉です。木の股から生まれたとポワロに目されていた彼女に頼んだ手紙にタイプミスがあるなんて。

しかも三ヶ所も。この一大事の原因はどこにあるのか。

ポワロは彼女からシンガポールから帰国した姉が勤めることになった学生寮での不可解な盗難事件を聞き出します。

盗難にあったのはいずれも関連性の薄いたいした役に立たないものばかりでした。そのためただのいたずらかと思われていました。

しかし講演会の名目でその学生寮を調査に訪れたポワロはこの盗難事件にただならぬものを感じ取りすぐ警察に連絡するようアドバイスをします。

このヒッコリーロードの学生寮で生活しているのはさまざまな国から勉学におとずれた若者たちですが、世代的には日本でいうところの昭和ヒトケタの方々です。

このいわゆるヒトケタ世代はパワーが違います。全世界的な傾向としてハイパワーで世の中を牽引した世代です。

しかし同じヒトケタ世代でも思想的にはすこし差があるのが日本のヒトケタです。

ヒトケタ世代とひと口に言っても昭和5年くらいの生まれの方と昭和9年くらいの生まれの方とでは思想的に異なる場合が多いです。

もちろんひとくくりにできません。わたしがお近づきになれた方に限りですが。

分かれた理由はおそらく終戦時昭和5年生まれは15歳で少国民として勤労動員、親兄弟戦死の知らせを涙を流しこらえていた年齢、対して昭和9年生まれは11歳で疎開先での終戦時の教師の変わりように世の中が信じられなくなったおなかの空いた年頃です。

思想的に右左が異なる方が多かったです。

ただ、わたしから見るとスゴイパワーの持ち主が多かったですし、その点はどうでも良かったですが目立ったような気がしました。

ヒッコリーロード二十六番地の寮はそのわずかですが差のある世代が同居している寮になります。イギリスは戦勝国ですので思想的には日本ほど差はないのでしょう。

多少共産党云々のハナシが出てきますが。

またほぼ同時期の日本の寮のハナシとしては井上ひさし氏の「モッキンポット師の後始末」があります。

井上ひさし氏は寮生活を当事者として誇張して書かれていますが、当時の日本のキリスト教系の小説の中での聖パウロ学生寮とヒッコリーロードの学生寮を比べてみるのも面白いかもしれませんね。

男性では先日亡くなられた現在の日本のムーブメントの一翼を担われた偉大な論客兼英文学者渡辺昇一氏とユーモアのなかにも人間への優しいまなざしをつねに忘れなかった大作家井上ひさし氏が一部の昭和ヒトケタ世代の差を表しています。

女性では前期ヒトケタはハナエ・モリ氏や上坂冬子氏、後期ヒトケタはオノヨーコ氏や黒柳徹子氏です。

そんなハイパワーな世代が生活している寮が舞台なのが「ヒッコリー・ロードの殺人」です。

この世代は日本では太陽族と言われていた世代でもあります。

石原慎太郎の「太陽の季節」が出版されたのが昭和の30年頃ですから、描かれている時代、世相は同時期です。

日欧ともこの世代は変わりはないようです。

現在80歳以上の方々です。

「ヒッコリー・ロードの殺人」の時代背景

1955年です。日本ではもはや戦後ではないと言われた年です。昭和30年。イギリスも同じです。二、三年前の食糧事情とは異なっているようです。

「死者のあやまち」(56年)を合わせてご覧ください。

アメリカ映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で舞台になった時代です。

人種差別問題、公民権運動、ロカビリーの始まりの時代です。

映画はジェームス・ディーンの「エデンの東」、ロックの始まりとも言われているビルヘイリーと彼のコメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が使用された「暴力教室」(シナリオに翌年から始まる87分署シリーズのエド・マクベインが参加)など文化面で著しい変貌が始まった年でもあります。爆発的なパワーがありました。

英米は交流が他国よりも親密なので文化面ではとくに影響を与えあっています。

そして核兵器の恐怖です。

冷戦は二年前のスターリン死後、緩和され雪どけムードですが、前年のビキニ環礁での水爆実験での第五福竜丸の被爆はラッキードラゴン事件として欧米でも有名でした。

イギリスも当然核実験をおこなっています。アインシュタインなど著名な科学者による警告がなされた年です。

この年を前後して先進国を皮切りに世界はヒトの意識が科学や文化をとおして変容していきます。

当世若者気質の考察

クリスティはこの時65歳です。彼女はまだバリバリです。著作のマーケットには日本を含め有色人種の国もあったでしょうし、差別的な表現は自己規制していたかもしれません。

が本来考古学調査や当時の女性として行動的な彼女は本質的に知的なグローバルな意識の持ち主だったクリスティです。

有色人種に差別意識はもっていないでしょう。ただ日本より中国の方に詳しかったかもですが。

むしろクリスティをはじめ古き良き教育を受けたひとが戸惑ったのは若い連中の手順を飛ばして権利を主張するパワーの強大さなのかもしれません。革新性ですね。

当時の若者気質にどのように応じればよいのか悩んだのではないでしょうか。むき出しのパワーですから。

「権利ばかり叫ぶこわっぱどもめが」でしょうか。クリスティの作品にはムカシも同じだったとする文章も見られますが、ポワロの情報源のミスター・コビーとの会話や戦後の作品には古い世代による戦後新制度への不満と同時に若者への戸惑いが描写されています。

その後につづく戸惑いと背景への洞察、将来の集大成を描いたのではないかと思える著作に80歳記念作品「フランクフルトへの乗客」(70年)があります。

この作品の時代に暴れているのは団塊の世代ですが。非常に興味深い作品です。

ただクリスティ自身はカオス世界でもかわりないようです。

チャラいヤツに見えてもアテになると信じたらポワロは重要な役回りを登場人物に振ります。これは晩年の「ハローウィン・パーティ」(69年)などでも見られます。

もちろんポワロやミス・マープルはそれをいなすスキルと度量を兼ね備えています。ポワロは女性性を、ミス・マープルは男性性を併せ持つキャラです。

当時としては稀有な部類にはいるのではないでしょうか。

付け加えるならとくにオリヴァ夫人は「蒼ざめた馬」「第三の女」などで若者によく順応しています。

オリヴァ夫人はむしろこのヒッコリー・ロードの世代ではと感じるくらいです。(ということはクリスティもかもしれません)

しかし一般市民はそうもいかなかったでしょう。作法や手順を飛ばす彼ら彼女らにはかなり戸惑ったのではないでしょうか。

クリスティのキャラクターたちの生き方考え方はパワーからスピードに移行し異常に加速気味に思えるような現代への処世術を示唆しているように思えます。今では十代で早くもアタマのかたい古い世代になってしまう可能性もあります。

ここ三十年以上の時事や文化のコンテンツがメディアで残っていてだれでも閲覧できる環境にあるからです。その存在を知っていればですが。

逆にそれ以前の文化、歴史、雰囲気などが改ざんされたり失われたりして過去が薄いともいえるかも知れません。

未来も薄いので過去と未来が前後50年づつくらいしかない世界に住んでんじゃないだろうかと思うときがあります。私見です、これは。

これはウカウカしてると当時よりエライことになりそうです。

若いうちから今の若いやつはと言い出す人が現代は出そうです。ドッグイヤーといわれるIT関連業界で使われて久しい言葉はすでに現代のスピード感を現す言葉に思えます。

まさにシンギュラリティ(特異点)前夜です。そう考えると面白いスピードかもしれませんが。

意識の拡大と行動の拡大の世代

また次作の「死者のあやまち」(56年)でさらに描写されますが欧州大陸の若者たちが当時すでにリュックサックひとつで旅行するのがポピュラーだったのがわかります。

当時の日本は海外旅行は仕事以外は出来ませんでした。ドルは持ち出しできません。ブレトン・ウッズ体制以来固定で1ドル360円。1ドル360円はクリスティが他界する数年前まで変わりません。

当時海外旅行は月旅行並みです。1970年代後半くらいまで外貨の持ち出しは千ドルまでくらいの制限がありました。それがだんだん規制緩和されていきます。

1970年代半ば過ぎのバックパッカーが身につけた財布の中身のメインは東京銀行TC(トラベラーズチェック)です。

現代風になるのは30年以上前の1985年の有名なプラザ合意からです。それでもまだユーロはありません。東西の壁もありました。

評論家の竹村健一氏が第一回フルブライト留学生としてアメリカに行ったのが1950年代の始めでただ帰国するのはもったいないと欧州にいたのがこれくらいの時期ではないでしょうか。

小田実が「なんでも見てやろう」でフルブライト奨学生のあと世界をふらついていたのが1959年ですから我が国は欧州やイギリスにはまだ追いつけていません。

当時選ばれた若い人だけがアメリカのお金で諸外国で学識を研鑽し世界を体験できました。幕末の頃とこれもたいして変わりませんね。いやはや。

フラットでハイパワーな学生達

「ヒッコリー・ロードの殺人」ではジャマイカからの留学生エリザベス・ジョンストンは優秀な学生として「ブラック・ベス」のあだなで呼ばれ寮生から愛されています。

この寮には人種差別は存在しないように思えます。偏見がありません。パワーがあります。

しかし肝心の寮の経営者ニコレティス夫人は人種差別的な発言をします。盗難が多発しアメリカ人のフルブライト留学生が出て行こうとしたらインド人や黒人を追い出そうとします。彼女は短絡的に有色人種が嫌いなのだろうと考えたわけです。

かたやシンガポールで大半を過ごしてきたミス・レモンの姉である寮母ハバート夫人は冷静です。彼女は寮生から慕われています。はっきりその考えを否定します。

するとニコレティス夫人は有色人種のせいでないなら共産主義者のせいだと言いだします。一般的なアメリカ人はどちらかだと思っているふしがあるようです。

社会思想的にステレオタイプの人物ですが当時のイギリス人の一面を表しているのでしょう。

ただこのニコレティス夫人、有色人種も白人も寮生として一緒に受け入れています。ビジネスの現実では差別していません。彼女は金づるのために言ってるので一般的な差別意識はそれほどないのでしょう。

当世恋愛事情

今回頭のいい学生ばかりですのでポワロがただの講演で訪れたわけではないのはすぐ見破られます。

その後、心理学専攻の学生コリン・マックナブはポワロに表面をなぞっただけの窃盗犯の心理について滔々と語ります。

そしてひとりの女学生を保護するとして事件がレンアイカンケイのプロセスのダシに使われます。本人気づいていませんが。ありがちですが自分に酔ってるので。

寮母ハバート夫人はコリン・マックナブの主張と場のハナシのもって行き方をくだらないと一刀両断です。ポワロは今の若者を結びつけるのは環境に対する不適応とかコンプレックスなんですな、ただしそれしかみないことは危険だと言います。

ポワロが言うにはムカシの人はメーテルリンクの「青い鳥」や神智学などの話題で男女はお話したそうです。キリスト教からの開放でしょうか。ポワロ自身はそれより以前のお方だったような気がします。

ただ自信満々でリクツっぽくすり替えがウマくみえるコリン・マックナブは繰り返しますが昭和ヒトケタ世代です。

「ヒッコリー・ロードの殺人」はほぼ60年前のミステリです。でもこれ現代でも一部のひとには当てはまるかもしれませんね。

今なら気質的なものやコンプレックスなんかでシンパシーを感じるのでしょうか。だとしたら似たようなものですね、今も少し前も。

ちなみにこのあと19世紀ヴィクトリア朝の人ポワロはラザコフ伯爵夫人に想いをはせます。彼女にポワロはメロメロですから。名探偵も若いですね。

「ヒッコリー・ロードの殺人」のまとめ

このミステリは若者気質以外にもサイコパス気質が出てくる非常にこわい側面を持っています。

ポワロが追いつめる犯人は子供のころからの真性のサイコパスで自己の利益のためや自己に不利益になりそうならちゅうちょなく愛する人でも殺します。

それと若者の大移動にともないドラッグの運搬がでてきます。クリスティ作品の有名ドラッグ、砒素に加え犯罪アイテム麻薬は現代風な彩りを添えています。

当時の文化を描きつつクリスティは人の内面の暗闇を作品に仕立てました。殺人者はいつの時代も変わりません。マジこわいですね。「ヒッコリー・ロードの殺人」は最後にハッピーエンド風なのが救われます。

作中あの報われないと思われた「マギンティ夫人は死んだ」事件のポワロの仕事はまだ知られています。当たり前といえば当たり前です。完全死刑囚が完全無罪になったんですから。司法の大事件です。

またミス・レモンも復調して何事もなかったかのよう仕事を遂行します。

ポワロも本望でしょう。

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