愛の探偵たち THREE BLIND MICE アガサ・クリスティ 小倉多加志 訳

1950年。マープル作品4、ポワロ作品2、謎のクィン氏作品1、そして超ロングラン戯曲の「ねずみとり」の小説版の8編が収められた短編集です。クリスティ自選10作品の中でも出色の作品「終わりなき夜に生まれつく」の元ネタとおぼしき「管理人の事件」がインフルに罹ったミス・マープルのカンフルとしてヘイドック先生から持ち込まれます。

「愛の探偵たち」です。意味深なタイトルですが、これは最後に収められた謎のクィン氏の短編からとられています。

タイトルの甘さとは裏腹にこの短編集は冒頭からシビアな内容を含む「三匹の盲ネズミ」から始まるように、ビターな内容です。

晩秋から冬にエスプレッソをいただきながら読むのにはピッタリと言えなくもありません。

ま、季節はワタシの個人的な思い込みに過ぎないので、モチロン真夏にKygoとかEDMを聴きながら、トロピカルドリンクを飲みながらでも結構です。

ワタシは「カボチャ大王が来るまでに読むぞ!」と心中宣言し、スタバのハウスブレンドを8杯飲んで読み切りました。

正統派ミステリ短編集を読むのにこの雑な姿勢はいかがなものか、ですね。

三匹の盲ねずみ

言わずと知れた戯曲「ねずみとり」の原作です。

ボリュームはこの短編集の一番の長さです。中編といってもいいかもしれません。

当たり前ですが、戯曲版より当時の世相と生活スタイルが文字で楽しめます。

なお、タイトルはマザーグースからとられています。

児童虐待を因縁としたクローズドサーキットのミステリです。

戯曲版と内容が少し異なります。

風変わりな冗談

風変わり過ぎます。

ミス・マープルがいなければ冗談ではすみませんでした。

でもいたけど。

アンティークの船箪笥みたいな作りの机の秘密をヴィクトリア朝時代のミス・マープルは解明します。そして甥の息子のライオネルです。

巻尺殺人事件

ミス・マープルの作品では常連ともいえるメイドさんのグラディスが登場します。

ただ、グラディスは名前と職業はいつも同じですが別人だと思われます。

で、メルチェット大佐とスラック警部が登場します。

メルチェット大佐はともかく問題警部スラック…。

彼はいつも自信満々です。女房が殺されたら亭主が犯人だ、と即答できる男です。

しかも「謎のクィン氏」に登場するサタースウェイト氏と比肩するほど女性の日常生活に知悉しています。キケンな上にキモイかもですね。

「牧師館の殺人」(1930年「書斎の死体」(1942年)とセント・メアリ・ミード村周辺の事件にからみます。

非の打ちどころがないメイド

ここでもメイドのグラディスちゃんが登場です。

そして首になります。

メルチェット大佐とスラック警部も登場です。

もちろん、ミス・マープルが事件を正しい方へ導きます。

管理人の事件

冒頭、ミス・マープルはインフルエンザの治りかけにありがちなプチウツ状態です。

それに対してヘイドック先生がひとつの事件をミス・マープルに提供します。

少し不謹慎かもですが、牧歌的な時代です。

その事件があの「終わりなき夜に生まれつく」(1967年)と設定がよく似ています。

回想の事件になります。

四階の部屋

ポワロの作品です。

トンマな若い連中のハナシだと早合点してはいけません。

で、ポワロは恋のキューピッドを演じます。

ジョニー・ウェイヴァリー誘拐事件

ポワロの作品です。ヘイスティングズが登場します。

屈指の名門旧家の誘拐事件に思えます。でも、誘拐するから金を寄こせという、先払いの脅迫状です。

しかも、無視していると段々値段が上がっていきます。

愛の探偵たち

おまちどおさまです。

クリスティのレアキャラ、クィン氏と別の意味でのレアキャラ、サタースウェイト氏の登場です。この短編集のトリをつとめる作品になります。

サタースウェイト氏は「三幕の殺人」(1935年)にも登場します。

「三幕の殺人」はポワロものですが、この美術系の取り巻きディレッタントキャラというべきかもしかしたら本業者だからプロというべきかのお方は作品世界を跨いで登場しています。第二次大戦前ですが。

なぜだか異様に女性の生態に詳しいです。クリスティ本人が書いています。

キモ‥、じゃなくてアーチストとのサロンでの交流が多いとこうなるのでしょうか。

それでも、「…クィン君が興味を持っているのは…恋人たちなんだよ」というセリフを発するのには顔を赤らめる程度の恥じらいを持っているようです。幕末明治の漢としての気概はありませんが。あ、ヴィクトリア朝の英国紳士か。

往年のリオ・カステリというほどのレベルではもちろんありません。でも、ジャスパー・ジョーンズは発見しませんでしたが、謎のクィン氏とはマブです。

あ、画商じゃなかったかしら。

演劇関係の評論家かもですね。ならクィン氏とコンビで二人でシアター・スリル・アンド・チャンスです。バックにはノリのいいロックではなく時計の針の音しか聞こえないかオペラの勝手な独唱です。

さて今回、謎のクィン氏。

彼は「彼の小径」通って登場しないせいか、交差点で事故って登場です。

登場のしかたがすでに謎です。

これもお約束です。

近道だったんでしょうか。不慣れな都会の「大通り」には危険がいっぱいです。

油断禁物です。

そして今回登場のアパレルメーカーのような名前のメルローズ大佐という人物。

事件の核心を突いた発言をしているのにもかかわらず、まんまです。

まーこれはそんなもんですな。

この方はサタースウェイト氏と共通の友人の自殺の謎を不吉な空気をまとった年末パーティに登場したクィン氏が解明、さらなる自殺を未然に防いだのを知っている方でもあります。

で、このふたりを連れてクィン氏が自然な流れでストーリーを運んでいくのです。

そして為すべきを為し去っていくのでしょう。

いつも登場の仕方には驚かされますが、彼の作品は難しそうに見えてもスルスル読めるのがホントに謎です。

愛の探偵のまとめ

タイトルがタイトルですから読むのやめようと思ったのなら早計ですし、タイトルがタイトルだからハーレクィン的かと思ったらそれも早計です。ハーリ・クィンです。

どちらかというと濃い中編とその他の作品という感じです。

て、これはそのまま原題の「三匹の盲ネズミとその他のストーリー」まんまです。

実際そのとおりです。

セント・メアリ・ミード色は強いかもしれません。

クィン氏は異彩を放っています。

ポワロとヘイスティングズは今回控えめな印象かもしれません。

ティスティングが絶妙なブレンデッド・ウイスキーのような作品集です。

フレイバーが薫るすんなりのど越しが通る作品集でもあります。

気負ってスタバのコーヒーをがぶ飲みしなくても十分楽しく読めるのは保証いたします。

今から読んでも十分ハロウイン・パーティまで間に合い、しかもリッチに楽しめます。

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