ゴルフ場殺人事件 THE MURDER ON THE LINKS アガサ・クリスティ 田村隆一 訳

1923年出版です。長編三作目、「スタイルズ荘の怪事件」からポワロものでは二作目にあたります。(間にトミーとタペンスの「秘密機関」があります)今回でヘイスティングズ大尉は南米に旅立つことになります。クリスティは33歳です。日本では大正時代の後期に当たります。

「ゴルフ場殺人事件」のあらすじ

ヘイスティングズがフランスから帰国するとポワロに手紙が届きます。フランス滞在中の南米の大富豪ルノール氏からです。

非常に緊急であるのが手紙の走り書きからもうかがえ、ポワロとヘイスティングズのふたりは急ぎフランスへと向かいます。

しかし、ふたりがルノール氏の邸宅に到着するとすでに彼は何者かに殺害された後でした。

かつてフランスでも事件を解決した実績を持つポワロはパリ警察のジロー刑事の挑戦的な態度にも屈せず生前のルノール氏の依頼を遂行すべく容疑者の割り出しに灰色の脳細胞をフル回転させます。

今回でヘイスティングズは南米で牧場経営すべくポワロの前からいなくなります。

二作目の長編でいなくなってしまうのは残念ですがちょくちょく帰国してポワロやジャップ警部と旧交をあたためつつ互いの老け具合をけん制しストレスを増加させて南米へ戻っていきます。

さすがですね。ハゲる原因です。

そしてロマンチックなヘイスティングズは好きになった女性のため無法状態です。

「ゴルフ場殺人事件」の時代背景

前年BBCでラジオ放送が本格的に始まります。

そういえばアガサ・クリスティの作品ではテレビやラジオはあまり登場しませんね。戯曲の「ねずみとり」にはラジオはありました。

私の見落としかも知れませんがその他ではどうだったでしょうか。電話や自動車などのハイテク機器はこの時代からもでています。(本作で電話はまだですが)

クリスティのこの時代のイギリスのレベルがわかります。

エドワード朝(1901年~19010年)から13年経過した時代です。日本は大正デモクラシーの時代ですのでオシャレなエドワード朝から若干のタイムラグがあります。

五年前まで戦争です。第一次世界大戦です。

この「ゴルフ場殺人事件」は世界大戦のはざまの二十年くらいのわずかな期間の作品です。

ヘイスティングズ大尉は第一次、第二次世界大戦の激戦地で有名なソンムの戦いの生き残りですし主要登場人物ジャック・ルノールも年齢を偽って従軍した復員軍人です。

そしてアガサ・クリスティも薬剤師として志願しました。

そのクリスティは大戦からの復員後「スタイルズ荘の怪事件」(20年)の長編を執筆、それから「運命の裏木戸」(73年)までの53年間、半世紀以上ミステリに加えイギリスの風俗、文化を描きつづけました。

そして私たち日本人に典型的とも思える英国風のライフスタイルのイメージを根付かせ憧憬を抱かせたと言ってもいいのではないでしょうか。

1923年は大正12年です。日本で関東大震災がありました。

その後のミステリのトリックの宝庫「ゴルフ場殺人事件」

当時フランスでもゴルフが題材になるくらいだったんですね。

日本では知ってるひとは少なかったでしょう。

しかしもしかしたら新しい風俗を取り入れるクリスティのことですから意図的にゴルフ場を出したのかもしれませんね。

バンカーは出てきますがゴルフクラブもでてきませんし。大部分のひとは知らなかった可能性もあります。

この「ゴルフ場殺人事件」はその後のクリスティ作品の典型的なパターンのトリックが複数出てきます。

処女作に作者のすべてがあるとよく言われますが、半世紀以上活躍するクリスティにとっては長編三作目であるこの作品もそういえるのではないでしょうか。

またこれは私の勝手な想像ですがクリスティはまだ自分のミステリの型を模索中だったではと思いました。フランスを舞台にするのは今までご紹介した中では28年の「青列車の秘密」などがあります。

クリスティはどちらかというとイギリスの風俗、文化の中でのアリバイ崩し、密室トリックが多いのですがまだ20年代は欧州を舞台にしたテイストに感じられます。

クリスティ自身が活動的タイプというか現実的に行動するタイプのせいか作品にもそれが反映されている感じに見受けられるのでしょう。

それが前述したイギリス風俗文化、アリバイ崩し、密室事件風に集約されていき、それと同時にクリスティの活動的な部分が融合され大雑把にあげても「ナイルに死す」(37年)「死との約束」(55年)、「メソポタミア殺人事件」(36年)、「雲をつかむ死」(35年)、「オリエント急行の殺人」(34年)などの旅や旅行などを連想させる要素を付け加えた、ロマンティックでエキゾチックな移動する密室ミステリに昇華させていったのではないでしょうか。

いや、勝手な妄想ですが。その後クリスティの作品は終生進化し深化し続けます。

また今回第二作目でヘイスティングズ大尉はお役ご免で南米行きです。彼は今回イロイロやらかしたあげくめでたく嫁を見つけるのに成功します。そして下手より退場。

嫁さんができたのが唯一の慰めです。その後もときどき帰国してポワロと珍問答をしつつも事件を追及します。

そして彼、ヘイスティングズの性格は最終作「カーテン」(75年)でもぶれることはありません。

最後までやらかしまくり、ポワロに迷惑をかけます。しかしポワロのほうでもヘイスティングズがいればもっと自慢できるのにとか考えたりしているのでまあ、どっちもどっちですか。

またジロー刑事というパリ警察の人物が本当に床をはいつくばり事件を暴こうと奮闘します。いい具合にポワロを上から目線でせせら笑うのがいい味だしてます。こんなヒトいたら面白いなと思いました。

「ゴルフ場殺人事件」まとめ

ジロー刑事は相当キテます。篠原涼子のように現場で寝てるので驚きました。いい味です。

またヘイスティングズ大尉です。前代未聞でやらかします。さすがにポワロにも苦情を言われます。真面目な人物ですがやばすぎです。

危険人物であるのが大変よく理解できます。女性が絡むと南米にピッタリのラテンのノリです。

でも彼が幸せになれたのはよかったです。ポワロと同居していたのでは女性との出会いは絶望的だったのではないでしょうか。

あとクリスティは「邪悪の家」(32年)ではシンデレラのことを「ベラ」とポワロに言わせていますが彼女、シンデレラは「ダルシー」ちゃんだと思うのですが。

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