忘られぬ死 SPARKLING CYANIDE アガサ・クリスティ 中村能三 訳

戦後すぐ1945年のミステリです。アガサ・クリスティのレイス大佐登場最後の事件になります。レイス大佐は60歳過ぎです。誕生日と万聖節の夜提供される飲み物はタイトルの発泡するシアン化合物。シャンパンに仕込まれた青酸カリです。プロのMI6対CIAの勝負でもあります。

「忘られぬ死」のあらすじ

誕生日の夜皆の祝福を受けて毒をあおってひとりの女性が死にます。

彼女の名前はローズマリー。

追憶の花言葉を持つ女性でした。彼女の夫ジョージ・バートンは翌年の万聖節の夜同じメンバーでパーティを開き事件の真相に迫ろうとしますが…。

レイス大佐登場です。

しかし傍観者的に立ち回るところは一流のひなだん芸人です。おばさんのハナシ相手として登場した色男に見えるではないですか。カッコいいのに。

「忘られぬ死」にはけっこう器量の良い男女がレイス大佐をはじめ登場します。しかし、彼ら彼女らは少し気の毒です。

クリスティが容姿に欠点を述べない登場人物の扱いもミステリともなっていますね。

「忘られぬ死」の時代背景

1945年は第二次世界大戦が終わりました。

こう書いてみると「世界大戦」とはコワイ言葉ですね。ヨーロッパでは春にナチスドイツが終わっていましたがサムライ日本は夏まで全世界と戦っていました。

イギリスともまだやりあっており、捕虜の扱いに対して戦後相当うらまれていました。

我が国の民度は一部の武士道精神の持ち主によってなんとか体面を保っている状態です。ブラックな連中が幅を利かせるのは今も昔もかわりませんね。

イギリス、アメリカとも戦後の左翼の台頭を恐れすでに活動を開始していました。レイス大佐もカンタンに引退できません。

ちなみにイギリスはチャーチルの保守党が破れ労働党政権に変わります。戦争中頑張ったチャーチルの保守党が終戦とともに負けるんですからスゴイですね。イギリス国民も疲れていたのでしょう。

労働党政権はベヴァリッジのレポートを実行に移し「ゆりかごから墓場まで」を実現させていきます。

さまざまなインフラを、つまり鉄道、ガス、電気などを国有化します。これが慢性的な英国病を蔓延させていきます。

国有化は良さそうにみえるのですが、その後のイギリスでは医者でさえ「パブリックの(公共の)医者にかかってはいけない、死にたくなければプライベートの(私費で払う)医者にかかれ」といわれるくらい競争力とヤル気を奪うのです。

国政は難しいですね。

「忘られぬ死」、 11月のミステリ

アガサ・クリスティの神秘的な面が全編おおうミステリです。

ローズマリーの気配をアイリスは無意識に感じています。

イチバン感じるのはアンソニーですが。万聖節、「諸聖人の日」は元はケルトの祝い事である日です。この日はいうまでもなくスピリチュアルな日です。死者の日なのです。

日本語タイトルが「忘られぬ死」となっているわけです。

アイリスは把握しづらいキャラです。まったくアイリスの花言葉どおりです。

このミステリにはローズマリーの気配が満ちています。それがアイリスを戸惑わせてあいまいな行動をさせてしまったのかもしれません。

これはアガサ・クリスティのウデでしょう。

ローズマリーの気配は「追憶」の花言葉どおりですね。さすがクリスティです。

余談ですがやはり私には万聖節関連ならライナス・ヴァンペルトです。カボチャ大王が出なくてよかったですけど。

レイス大佐…クールすぎるひなだん芸人

昔からの知り合いが死んでもただの一案件として扱うさまはさすがMI6ですね。

本文では陸軍情報部と書かれていますが。最後にアンソニーに性格がゆがんでいると解説されてしまいます。

しかしレイスの階級は007のジェームズ・ボンド中佐より上です。それにかなりいい男として描かれています。アタマもかなりいいみたいですが。

つまり…それだけの男ってことかー。

主人公補正ということばがあります。主人公ゆえに最初からボーナスポイントが振られて通常より「モテる」「強い」など肯定的なポイントのことです。

しかしアガサ・クリスティは逆主人公補正ですね。まったくもって美男美女は災難です。レイス大佐もハゲていれば違ったかもしれません。ポワロはハゲ補正です。

私はレイス大佐はけっこうイイキャラだと思います。ジョン・ル・カレのスマイリーみたいにやれると思うのですが。手持ちのキャラが豊富なのがアガサ・クリスティですね。

被害者たち ローズマリーとアイリスと…

今回の被害者はローズマリーという象徴的な女性です。妹はアイリスという名前でこれも象徴的な名前です。アイリスとはあやめのことです。花言葉はうつろいやすい、虹などですがコワイ花言葉もあります。

その他の被害者たち

また、今回はアガサ・クリスティ本人の被害者が二、三人でています。

アガサ・クリスティは美女美男がキライなんでしょうか。

キャラの初登場の外見描写ではいつも「美人ではないが…」とか「器量はそれほどでもないが…」と前置きが入ります。

美人でも美男でもハゲでもいいではないかと個人的には思います。今回はその定番の修飾語が入らないキャラたちがヒドイいわれようです。

被害者1 ミス・シャノン

ブロンドの美人という描写のあとで「その優しそうな、しかし中身は空っぽだといった子どもっぽい顔の…」さらに「世俗的なことや金銭面での知識にかけては、決して抜かりのない女であることを、はっきりと示している」

忘られぬ死 アガサ・クリスティ 中村能三 訳

まあ、辛らつですね。

被害者2 ベティ・アーチデイル 職業 メイド

彼女はレイス大佐を一目見て年をくっているけどいい男だわと感じます。それだけでアタマがからっぽ風にかかれます。

紳士だわと、ベティは階段を駆けおりながら思った。一ポンド紙幣、十シリングではないのだ。ポンド金貨があったらどんなによかったことだろう…。

忘られぬ死 アガサ・クリスティ 中村能三 訳

ベティは一ポンド金貨を知らないのですね。

それでレイスが本当の紳士なら若い頃なら一ポンド金貨をポンとくれるのだろうけど私はそれを知らないとこころで思うのです。

即物的な女性として描かれています。

美人も美男子に好意を寄せる女性もみなヒドイ描かれ方です。

あ、美男子のレイス大佐もでした。彼がイチバンかわいそうなのかもしれませんね。

でもかつての同僚風のメアリー・リース・トールバットにわけあり風に評価されているのが唯一の慰めです。

アガサ・クリスティ本人はスゴイ美人でアタマもいいのにミステリです。

「忘られぬ死」のまとめ

今回はポワロは出てきませんがバトル警視のハナシは出てきます。

おなじみのキャラですね。

舞台となる店「ルクセンブルク」はドーチェスターにあります。セント・メアリ・ミード近辺が舞台ということですね。この「忘られぬ死」は霊的な雰囲気が強いミステリです。

そしてサイコパスが登場します。

「無実はさいなむ」「カーテン」でも似たような危険人物が登場します。

エルキュール・ポワロかアリゾナの魔術師ミルトン・エリクソンでなければ対応できないやっかいな怪物ばかりです。

現実にたまにいます。みなさんもお気をつけください。

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