蒼ざめた馬 THE PALE HOSE アガサ・クリスティ 橋本福夫 訳


ポワロもミス・マープルも出ません。しかしオリヴァ夫人が登場します。ビートニク、テディ・ボーイ、エスプレッソ、家電製品など当時のモードをとらえつつも対比してるのが黒魔術的な呪いです。しかも使用される毒物が現代を予言するような非常に怖いハナシです。1960年作品。

「蒼ざめた馬」のあらすじ

研究しか興味がないと姉に言われオタク学者マーク・イースターブルックが富裕層の住むロンドン、チェルシーのカフェに世間を学びに出かけます。

そこで偶然不良女子のスサマジイファイトを目撃しました。

その一週間後ケンカの片割れのトミィ・タッカーが死亡したとの新聞記事が。

ただの偶然と思われた事件が意外な神父殺人事件と呪いへと発展し…

当時のイギリスの風俗が非常にわかるミステリです。これはポワロやミス・マープルでは荷が重いですね。

しかしわれらが烈女アガサ・クリスティには、ではなくてアリアドニ・オリヴァ夫人には溶け込みやすい舞台です。

主人公がオタク気味の学者というのはさすがクリスティです。

主人公マークはイイトシなのに無鉄砲で純真です。ステディな(死語)の彼女には理解できません。

それでもマークには騎士道精神は健在です。「蒼ざめた馬」の魔術的な世界ではマークのふるまいは読者を安心させます。オタク万歳です。

「蒼ざめた馬」の時代背景

英国病の深刻さがひかえめですが「蒼ざめた馬」に描かれています。

鉛管工がくるだけマシなどの描写がさりげなく盛り込まれているのです。

また以前のような遺産相続では相続税の負担が大きすぎ生活はムリなどリアリティが悲しいイギリスです。

ライフスタイルの変遷や風俗のモードにも言及され皿洗い機、冷蔵庫、圧力釜、真空掃除機、エスプレッソコーヒーなどが冒頭から出てきます。

テディ・ボーイ(テッズ)というエドワード朝ファッションの不良が登場します。これはモッズと並ぶ不良風若者の代名詞です。

テッズはリーゼント風のアタマと身体の線がわかる服でモッズはベスパあたりを乗った暴走族みたいなカンジです。(これは私のカンジです)

文学ではアラン・シリトーの「土曜の夜と日曜の朝」、コリン・ウィルソンが「アウトサイダー」を出して数年した頃です。しかしそれと対比をなすアレスター・クロウリーの魔術的なブームも密かにありました。ヨガも当然出てきます。ですが岩盤浴やホットヨガはでてきません。

思想ではジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグに代表されるビート・ジェネレーションの影響がイギリスの文学にも及ぼしていたのでしょう。

さすがイギリスですね。

複合的です。のちのビートルズにローリングストーンズの世界です。世界をリードする文化です。そしてわれらがアガサ・クリスティは健在、色あせません。

クールな世界を予言する女王(ネタバレ注意)

「蒼ざめた馬」ではヴィクトリア朝はほんの少ししかでてきません。紅茶は全然供されません。まるでアメリカンロックの世界に迷い込んだようです。

それでもオトナにはやっぱりクリスティのデヴォン州の世界です。ロンドンの最先端のファッションとコーンウォールに代表される黒魔術的な世界が交じり合ったいかにもイギリス風な世界です。

アガサ・クリスティは70歳になってもこんな世界を描くんですからね。

登場するアタマカラッポの女性と描かれるポピーのファッションは映像化されるなら相当先鋭的なファッションです。

またジンジャとアダナされるオタクのマークの相棒になる女子は度胸があります。

ある意味サイバーパンクを先取りしているヴィジュアルだと思います。アガサ・クリスティのネーミングセンス(ジンジャなど)も光りますね。

そして「蒼ざめた馬」でイチバン怖いのが今回使用される毒物です。

タリウム。

マクベスに登場する三人の魔女を模したひとりが「砒素なんか古い」とかムカシジョシなのに言い放ちます。

これは…。

イギリスでロシアの亡命軍人が暗殺されたさい最初はタリウムを疑われました。最終的にはポロニウムという放射性物質でしたが。

そして記憶に新しい某国立大学のサイコパスの学生が高校時代使用したのがタリウムでした。

シャレになりません。

タリウムは脱毛効果があり大戦中には脱毛薬品と使われていたとか。鉛が化粧品として使われていた江戸時代といいそういうものなんでしょうね。

「蒼ざめた馬」のまとめ

この「蒼ざめた馬」は時代の変遷に意欲的にクリスティが取り組んでいたのがよくわかる秀逸なミステリです。そして結末もびっくりする一幕が用意されています。

とにかく新しいファッションやモードを取り入れつつトラディショナルなブラックマジックも取り入れているスゴイ作品です。

アガサ・クリスティが生きていたらパンクなミステリを執筆していたに違いありません。しかもビクトリア朝の世界観のような。

さらに驚くべきは「蒼ざめた馬」からさらに10年以上古き良きイギリス様式を描いたミステリをアガサ・クリスティが書き続けていく事実です。

女子万歳ついでにオタク万歳のミステリです。

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