ブリストル海峡に近いサウス・ウェールズにあるウォリック家の書斎が舞台となっています。霧の中手探りで進むような、ケルティックな雰囲気が堪能できる、二幕ものの戯曲です。訳者の方は一種のリドル・ストーリー(謎を残したままのオハナシ)のように感じたと感想を述べられています。ドルイド・ベルが静かに鳴り響くような結末です。名探偵は出てきません。1958年作。
「招かれざる客」のあらすじ
11月の午後11時半頃。ブリストル海峡の霧笛が陰気な音を響かせている霧が深い夜です。霧で道に迷ったという30代半ばの男が電話を貸して欲しいと館を訪れます。
書斎に入った男は車椅子の館の当主の死体を発見します。そしてそのそばに茫然と立ち尽くす若い婦人。しかもその夫人の手には拳銃が握られていました。事態は歴然としているかのように見受けられます。
しかし、自分が撃ったのだと認めるその若い夫人の態度はどこか投げやりでした。
深夜のひとりの来訪者の存在が一見明白な館の状況を、徐々にあいまいに変容させていきます。
はたして偶然なのか必然なのか。
「十一月は霧が深い だが十二月にはめったに霧は出ない」
ただのモブキャラ、キャドワラダー部長刑事が自慢げに詠んだ詩が暗示する、キャドワラダー王、アーサー王、魔術師マーリン伝説の残るケルトの土地で起きた殺人事件。
物語は濃い霧に包まれたまま進んでいきます。
「招かれざる客」の時代背景
この戯曲「招かれざる客」は1958年発表です。同時期に発表された小説は「無実はさいなむ」があります。
雰囲気がどことなく似ていろように感じられました。「無実はさいなむ」は冒頭イングランド西部の土地を主人公が訪れる印象的なシーンから始まります。作品主人公がドライマスだの場所を述べているのでクリスティの定番の舞台だと思われます。「無実はさいなむ」の雰囲気は妙に黄昏た感じで独特です。
本戯曲「招かれざる客」はぐっと湿った冷たい雰囲気です。ただ、一種独特な雰囲気が漂っている点では似ていなくもないかもしれません。あ、コレ、ワタシだけの感想ですか。
1958年は日本でいうと昭和33年です。東京タワーが完成した時期です。
イギリスは核実験、アイスランドとタラの漁場をめぐって争い、植民地は独立です。ちなみにタラを巡って争った60年後2018年、今度はフランスとホタテを巡ってイギリスは争っています。EUから脱退するとか言ったから。もう現在(昨日脱退です。2020年12月31日)は脱退済みですが。
大英帝国は落ちていく一方です。
あと、この時期、南極関連の出来事が多いですね。これがのちのち環境問題意識の高まりを生むひとつの萌芽になるんでしょうね。
また、奇禍を招くサリドマイドが発売されています。
「招かれざる客」のまとめ
一幕目の最後にどんでん返しがあります。
が、この作品のユニークな点はやはり被害者です。
リチャード・ウォリック氏です。この方、一種のひきこもりです。いや、そんないいもんじゃないですね。ひきこもりのワタシですら一緒にすんなと言えます。
リチャード氏は狩猟マニアだったのですが、アフリカでライオンにかじられ、半身不随になり人格の影の部分が表面に出てきてしまい、かつてお住まいのところではご近所に大迷惑をかけこちらに越されて来た方です。
以前はイングランド東部の海岸沿い、ノーフォーク州にお住まいだったようですが、のべつまくなく銃をぶっぱなしてご近所のペットに甚大な被害を与えていたご様子。
また寄付を募りに訪問された婦人会のご婦人にも帰り際に威嚇射撃です。これでは文明人の居住地には住めませんわな。サバンナに帰んな。
で、今度は反対側のサウス・ウェールズにて夜更けに酒を飲みながらフランス窓から銃をぶっぱなすという錯乱振りを披露しています。獲物はもっぱら、野良犬や猫、ウサギです。浴びるほど飲むがアル中ではないということですが、問題はそこじゃねーだろ。てか、問題だらけです。
これはトリガーハッピーというべきか、ただのガイキチというべきか、いやいやただの犯罪者ですね。
しかも、この館の召使いがわざわざブランデーと銃をテーブルに用意してくれるんですからね。助長してどうすんだよ、ですね。
さらにこの野郎、じゃなかった当主様は子供を轢き殺しております。しかもシェリー酒一杯しか飲んでいなかったらしいです。ダメ、ゼッタイ。しかもガキがひとりふたり消えてもどうってことないとかほざく悪逆非道さです。
人格がねじ曲がってこうなったのならまだしも奥方が言うには元からあった人格の負の部分が表出してきたということですからね。
なんだ、元からかよ。アンタの亭主はどうなってんだよ、そしてアンタもだよ、ったく、金目当てかよと言いたいところです。いや、お金目当てなら問題ないんですけど、バラすのはまずいです。遵法精神が欠如してると言わざるを得ません。
でもワタシなら、余裕で撃ってるかも。いやこれじゃ当たり処次第で同じ結果になりかねませんね。
いずれにしてもリチャード氏はご本人含め周囲の方々が形成したモンスター気味人格の持ち主です。被害者ですが。まあ、当然ですが。天網恢恢(てんもうかいかい)疎(そ)にして漏らさず。少し違うか。お悔やみを申し上げます。
そして、実の母親ももちろんその気質を看破していました。
この戯曲「招かれざる客」は被害者の過去をめぐる、彼の業をめぐる事件です。
業に焼き殺された人物の物語です。なぜ彼がこうなるまで誰も止められなかったのか。
一般的に古来、悪鬼は招かないとその家には入ることはできないといわれています。
でも「招かれざる客」には通用しませんでした。被害者はそれだけの業を積んでしまっているのですから。
おはなしは霧笛で始まり、霧笛で終わります。
非常に濃密な雰囲気に包まれた寂寥感のある戯曲です。
おすすめします。