満潮に乗って TAKEN AT THE FLOOD  アガサ・クリスティ 恩地 三保子 訳


戦後の混乱期イギリス。社会制度が戦前と様変わりし上流階級も労働階級とかわらず逼迫している1948年度クリスティ作品です。戦中から戦後へと急速に時計の針が進められ一族の欲望と野心が絡んだミステリです。ポワロは粛々と自分の天分を発揮して事件を解決に導きます。

「満潮に乗って」のあらすじ

海軍婦人従軍部隊から復員したリン・マーチモントはなにもかも変わってしまった戦後の国に戸惑っていました。

そして自分自身も変わっているのに気づきました。もう以前のようなスローライフは幻でした。

そして彼女の一族はさらに状況が逼迫していたのです。

一族の大黒柱である叔父のゴードンがロンドン爆撃で死亡。

しかし彼は旅行中に若い女性と再婚していたのです。そのうえ彼女の兄まで連れていました。

ゴードンの遺産相続をめぐって恐ろしい駆け引きが悲劇を引き起し・・・。

「満潮に乗って」は戦後まもない時期一族の有能な人物に依存しているひとびとのミステリという点では「ねじれた家」などと似たシチュエーションかもしれません。

ですが大きく違う点があります。

それは登場人物たちがおそろしく肉体派ばかりだということです。

リン・マーチモントはスカーレット・オハラを理性的にしたようなキャラです。

一見貞淑に見える女性たちの逆境でみせるガッツが大きなみどころです。

「満潮に乗って」の時代背景

1948年です。戦後すぐです。

復員も落ち着きつつあり戦勝国であったイギリスではありますがしかし戦争の爪あとが深く残っていました。

チャーチルの保守党から労働党へと政権が変化したイギリスは「ゆりかごから墓場まで」を実現すべく鉄道やガス電気などのインフラを順次国有化していきます。

しかしそれがこのあと40年近く進む英国病の病根を作っていくのです。

戦前の優雅な生活はもう夢の世界です。植民地は次々と独立を宣言しかろうじてイギリス連邦を維持するのみです。

この「満潮に乗って」はその過渡期、とくに混乱期のイギリスをよくあらわしたミステリです。

イギリスに住んでいたクリスティより初版が売れたこともあるディクスン・カーですら食べていけずアメリカに戻ったくらいの激動の時代です。

当時の日本は敗戦国なのでさらに悲惨でした。

でもイギリス、ロンドンも「満潮に乗って」を読む限り敗戦国の日本とそう変わりがないように見受けられます。

ロンドンはドイツ軍の爆撃を受けましたし、戦場に女性が出兵するくらい人員が不足していた国です。

戦争はこわいですね。

イケイケな女子力ミステリ?

今回一番不可解なのはアガサ・クリスティです。

「満潮に乗って」はミステリなのはまちがいありません。そしてハーレクイン小説でもあります。しかしいつものごとくただのハーレクインではありません。

主人公であろうリン・マーチモントは復員軍人です。帰国したらタイクツな婚約者にまんぞくできないイケイケ女子に変貌している自分に気づきました。

重要人物であるデイビッド・ハンターもコマンド部隊出身です。

コマンド部隊。

いまのイギリス特殊空挺部隊であるSASの元です。ちなみにSASは世界最強の部隊のひとつで日本の特殊作戦群もモデルにしています。

また貞淑に見える弁護士の妻であるジャーミィ・クロードは貴族の娘でなに不自由なく生活してきた女性に見えますが逆境は少女時代から知ってらぁとばかりに夫の破綻を救うべくバクチを打ちます。

その他もろもろ分け前をねらいバクチを打つ登場人物ばかり登場しますが爽快です。

全般に女性がタフです。というかタフ過ぎです。

ネタバレになるので書きませんがリン・マーチモントは仰天するラストを選びます。

フィジカルも強いしメンタルも強いです。

軍功を上げた人物たちは命知らずで平時には犯罪者モドキのように言われます。

すいません、ハーレクインじゃなくピカレスクロマン風かもしれません。

「満潮に乗って」のタイトルはシェイクスピアですがツキに乗れという意味のタイトルです。

クリスティはなぜこのようなミステリを執筆したのでしょうか。おもしろいです。

経済力より生活力重視のミステリです。

オカルト風テイスト

そしてこの「満潮に乗って」もオカルト風味が濃く味付けされています。

そうとううさんくさいオカルトです。

ウイジャ盤などこっくりさん系や霊のお告げ系のスピリチュアルというよりオカルト系です。

ポワロが「エーテルが」とか言い出すのでそうとう一般的な話題だったのでしょう。

フランセス・クロードがなかなかいい味だしてます。

またリンの腕時計が壊れていて「私時計を駄目にする名人なの」というと肉体派のデイビッド・ハンターまでが「君の体のもっている電気のせいさ。生命力さ。きみのいのちさ」とか言い出す始末です。

これは口説く意味合いもあるセリフなのですが。

オカルトで霊魂だのなんだのというくらいです。この時代は混迷した時代だったのでしょう。パワフルな活力がないと生きるのが難しい時代です。

日本の戦後もこんな感じだったのかもしれませんね。

満潮に乗ってのまとめ

この「満潮に乗って」の結末は戦後のどさくさにまぎれてという言葉がふさわしいラストでしめくくられます。いやはや。

とにかくパワフルでオカルトでハーレクインなミステリです。

ポワロも淡々と仕事を進めますがラストは戦後らしいアバウトな方向へ舵をきります。

アガサ・クリスティのタフさがわかるミステリです。

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