「ねじれた家」にはポワロとミス・マープルは出てきません。アガサ・クリスティ自選10作品のひとつです。ひとの才能はどの方向に開花するのか。アガサ・クリスティの「ねじれた家」は現実を描いているかのようです。1949年度作品。後悔しない一冊です。
「ねじれた家」のあらすじ
ギリシャ人富豪の老人が毒殺されます。主人公であるチャールズ・ヘイワーズが戦後再会しようとした恋人ソフィアはその孫でした。
警視庁副総監の息子でもあるチャールズはいてもたってもいられず一族の住む「ねじれた家」にむかいます。
「ねじれた家」はアガサ・クリスティ、熟年期の傑作です。「ゼロ時間へ」と同様にオールタイムベスト10に入れるかたも多いでしょう。アガサ・クリスティファンなら誰でも知っています。
でもなんとなく浅見光彦みたいな立位置の主人公ですね。チャールズはあんなに推理力ないですが。
「ねじれた家」の時代背景
「ゼロ時間へ」は1944年の戦時下出版ですがこの「ねじれた家」は1949年の大戦後の出版です。事件はギリシャ移民の富豪の邸宅で起こります。主人公は語り手でもある外交官です。
殺人事件を扱いながらさりげないアガサ・クリスティの国際性が感じとれますね。これはどの作品でも見受けられますが。
今回は復員兵、強制徴用、空襲、衣料切符、闇屋、ビルマ戦線、原子爆弾、憲兵、ロケット爆弾など数々のセリフが時代のキーワードとして登場します。英国は爆撃を受けても本土上陸をぎりぎり死守したのです。
英国の大戦をしのいできた様子がうかがえまね。
他のクリスティの戦後作品でもそうですが戦争が終わったせいか時代描写がリアリティを増しています。戦争中はどちらかというと桃源郷のような世界観でのクローズドサークルミステリが多かったように思えます。
しかし戦後は同時期の「満潮に乗って」にも見受けられるように急に時計の針が進んだ世界になります。
税金が高くなり遺産相続の利子だけでは食べていけないイギリスです。「ゆりかごから墓場まで」の政策が施行されだ影響もあります。
ただ、クリスティの筆致は衰えることはありませんでした。
「ねじれた家」はマザーグース
タイトル「ねじれた家」はマザーグースの一節からとれています。
There was a crooked man ねじれた男がいて
And he walked a crooked mile ねじれた道を歩いていると
He found a crooked sixpence 踏み段のうえねじれた6ペンスを見つけました
Upon a crooked stile
He bought a crooked cat ねじれたねずみをつかまえたねじれた猫を
Which caught a crooked mouse 手にいれました
And they all lived together ちいさなねじれた家に
In a crooked little house. みんなでそろって住みました
訳詩はいいかげんです。
また「うちにいらっしゃいとくもがはえにいう」と主人公チャールズがタヴァナー警部につぶやくセリフもマザーグースです。「ねじれた家」はアガサ・クリスティ節炸裂です。これと似たセリフは「ゼロ時間へ」でも出てきます。
優秀な実業家はサイコパス?!
殺された大富豪アリスタド・レオニダスは容貌とは裏腹にひとをとりこにします。そして抜け目なく法律をかいくぐって財産をつくります。いつも冷静です。
具体的にいうと低身長で低学歴です。イケメンじゃないのにトシをとっててもなぜかモテます。しかもやり手です。いつまでも若々しい。
たしかにこんなヒト、たまにいます。認めたくないですが。ハゲなんでしょうか。気になります。
アリスタド・レオニダスはサイコパスの良い面がでている典型だとおなじ英国人で心理学者のケビン・ダットン氏ならいうでしょう。
彼の著作「サイコパス秘められた能力」にはサイコパス的な気質がどう作用するかわかりやすく書かれています。興味のある方は一読を。
しかしアガサ・クリスティは70年近く前にオタク(元SASアンディ・マクナブ氏いわく)のケビン氏の研究を見透しています。スゴイですね。
そのうえ「ねじれた家」は個人だけではなく一族をあつかっているうえに戦後すぐのハナシなんですから。筆力と観察力がパないです。
「ねじれた家」は哀しいおとぎ話
以前、NHKでアガサ・クリスティの特集が放映されたされた際、「ねじれた家」の犯人は最後まで決められていなかったと研究者(クリスティ研究)のジョン・カラン氏は語っていましたね。
真犯人を予見していたのはただひとり浅見光彦の親父、じゃなかったチャールズの父親のロンドン警視庁の副総監だけでした。
ラストで真相が判明しだす頃にはわたしは眼からなぜか汗が流れ出しました。愛されたい人々の非常に哀しい神話です。
切なく哀しい神話です。
唯一の救いはチャールズの親父さんのラストの言葉でした。
もちろん登場人物の救いではなく読者である私たちの救いです。
このひとがいてくれてよかった。
「ねじれた家」のまとめ
「ねじれた家」はこころに余韻をのこす切ないストーリーです。辻仁成がエコーズ時代に歌っていた「GENTLE LAND」を思い起こしました。「愛されたいと願っている」のフレーズが印象的な曲です。
後妻、長男、次男、孫など全員が老大富豪に愛されたいと願っています。クールなのは老大富豪と気質のにているソフィアだけです。
彼女は22歳でチャールズと知り合ったときエジプトで外務省の高官として働いていたほどの優秀さです。
ヤキモチを焼くソフィアですがときおり垣間見せるクールビューティさは光ります。彼女はチャールズだけには愛されたいと願っています。
あと「ねじれた家」の舞台になる邸宅スリー・ゲイブルスはほんとうにねじれた造りになっています。合掌です(造りではありません)。