1933年出版のクリスティのスーパーネイチャーの短編集です。この短編もまたアガサ・クリスティという大推理小説家の一面を良く表していると言えるでしょう。かなりの有名作品でも自然に登場する神秘的な会話や描写はこの短編で結実しています。ポワロ、ミス・マープルなどのキャラクターが超越しているのもナットクできます。11篇。あの有名戯曲「検察側の証人」の小説版を含んでいます。
死の猟犬
しょっぱなから幻惑される小説です。
ただの不可思議なレジスタンスの爆破事件ではありません。何層ににも絡まりあったマニアックなサイキックかつ呪術的な小説です。
日本だったら「犬神使い」「いずな使い」「ながなわ使い」の系列の式神のハナシになるのでしょうか。
本来、土着的な要素を含む作品なのかもしれません。
繰り返して読み返すタイプの小説です。
赤信号
まずウエルシュ・ラビットです。このおつまみはたしかトミーとタペンスシリーズにも出てくる欧州の酒飲みの定番です。余ったビールにチーズを溶かしてパンをひたして食べるのです。
一見、なんだかわかりませんがとりあえずワタシはおいしいと感じました。
離婚問題と降霊会。そこで告げられた赤信号という内容です。当時のイギリスの法律の問題点が言及されています。
第四の男
夜行列車での寂寥感のある短編です。多重人格のハナシかと思いきや…。
女優系のハナシです。
リアルですが、ラストが印象的です。
ジプシー
現在は「ロマ」と言われている人たちのことですね。
幽玄世界に引き込まれつつあった主人公を婚約者のキス一発が効力発揮、健全なリアルワールドに無事帰還させます。
意味づけしようとするとどんな風にでも事柄は意味づけできます。本来「良い」『悪い」はありません。当然「都合の」「偶然の」「必然の」良い、悪いもありません。
現実に生きなさいとクリスティに諭されているかのようなラストです。
ランプ
座敷童。いやいや。
ラジオ
一生懸命に頑張ったというのに報われない。
無理な犯罪は割に合わないという作品です。いや、えーと、犯罪は割に合わないという作品です。
検察側の証人
有名戯曲のノベライズです。
はい、とんでもないオチです。
女優の才能爆発のオハナシです。
クリスティにはこの女優という職業クラスが出てきたら、要注意ですね。
職業じゃなくても女優的性格を持つキャラが出てきたらほぼ無敵モードです。
カンタンにいうと女子は無敵というわけでしょうか。
んなわけナイデショ。
弁護士の先生に同情します。
キーワードは「花のかんばせ」です。花のような美しさという趣のあることばです。
現在、あまりつかわれませんね。
青い壺の謎
詐欺です。
涙が止まりません。
クリスマス・プディングの冒険にはポワロ氏がいましたが、いないとこうなりますよということでしょうか。
これが窯変天目だったら、卒倒どころではありません。
アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件
エドワード・カーステアズ博士の覚え書き、語りという形式でストーリーは展開していきます。
奇妙な事件ではありますが、加害者側からすると巧妙な事件のつもりだっのでしょう。
でも、オッサンふたりが暴きます。残念でした。
そして婚約者の愛のパワーです。
翼の呼ぶ声
この短編集の白眉とも言えます。
銀シャリか断捨離か。
いわゆる引き寄せの法則と言いますか、真逆だとも言えますが、手放すことはまったく同じ効果をもたらすことでしょう。
両方とも執着しないことがコツですからね。
喜捨、喜んで捨てる。文字通りですね。
どこまで投げだせるかはその持ち主の所有物次第であり、気づき次第であるといえるでしょう。
何度も読み返すべき短編です。クリスティの奥行、深淵を窺わせる短編です。
最後の降霊会
ホラーです。
やはり降霊会やこっくりさんはいけませんね。
学校で禁止になるのもむべなるかなです。
しかし、欧州の方々は降霊会がお好きなようですね。
S・O・S
冒頭、悪天候の中、非常に雰囲気のある「ぽつんと一軒家」な家族の晩餐シーンです。
何マイル四方に店屋がないので肉屋が御用聞きに来なければアウト。
缶詰食品を考えた人に感謝を捧げようとかのたまう一家の主です。
たまご料理(目玉焼きです)と冷たいコーンビーフ、パンとチーズ、そしてお茶。
そこへ精神病学の権威で心霊研究会の会員という人物がクルマが故障したためやむなく一夜の宿を求めに訪れます。
読み応えのある短編です。短いページ数ですが、ミドル級です。
シュガーレイナード、ハグラー、バーンズのいた頃のミドル級。
なんのたとえかわからなくなりますね。
長編や戯曲に編み直せるのではないかと思わせられるくらいの舞台設定です。
最後を飾るにふさわしい短編です。
死の猟犬のまとめ
テーマが神秘的なものに主眼が置かれた作品が多いですが、やはりところどこでリアリストであるアガサ・クリスティの面目躍如といった内容になっています。
基本、アガサ・クリスティの犯罪はビジネス的なというべきか、リスクとベネフィットのバランスの上に行われる要素が高く、恨み辛み的なものはえーと、「ポアロのクリスマス」(1938年)とか「五匹の子豚」(1942年)とか、あ、有名な「オリエント急行の殺人」(1934年)がありますか、が、比較的少数です。
この短編集でも超常現象に見えて、やはり「金!金!金!金!」と一種ビジネスライクです。
まったく気分爽快にわかりやすく、ボケたおっさんのアタマにもすんなり届きます。
読む方によってはレイ・ブラットベリみたいだとかウイリアム・アイリッシュ的だとか感じる方もいるでしょうが、やはりクリスティなのだと再確認できる作品集です。
作品へのアレンジに神秘的要素が加えられ、彩りが面白い短編集です。
もちろん、おススメです。