1934年出版。12編。オトナ男子女子の童話です。しかも特にダメ男子のための童話でもあります。選りすぐりのダメ男たちへのエールでもある短編集です。長編でいうとポワロやミス・マープルが登場しない「なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」のニート、ボビィ君や「バクダッドの秘密」のヴィクトリア嬢が活躍するような「逆境上等」な短編集です。気分爽快。
リスタデール卿の謎
この短編で当時の没落貴族の状況がよくわかります。
家賃や生活費がかさみ引っ越しを考えているけど、家計簿つけてもどうにもなりません。ライフスタイルが追いついていきません。
令嬢はタイピスト、速記コースを修了していますが、経験がないので採用されません。でもエジプト旅行には行っちゃってます。
現実のロンドンは駆け出しの安リーマンの猥雑な世界だと悪態をついてます。だらしないおかみさんたちや、階段の子供たちは薄汚れているし、同宿人は白人とインド人の混血みたいだし、鱈はひどいし。
このお嬢は生活力のない、まあ、家計の足しにならない娘でしかありません。仕方なし。
しかし、お母さんは頑張って破格の家賃の一軒家を借ります。
貸出条件は上流階級のみ。
謎の一軒家です。
ナイチンゲール荘
人生を耐え忍んで生きてきたオールド・ミスが思いもよらない遺産を手にします。
そして両想いだったはずの同僚との11年に及ぶ永過ぎる春を振り切って、突然知り合った男と結婚します。
そして田舎の一軒家に引きこもります。
ドキドキハラハラです。
車中の娘
冒頭で、伯父さんに見限られた無職の若者がヤケクソ気味で植民地を目指そうと無計画に行動を起こしますが、猫にも見限られます。
身なりとハッタリでストーリーを展開させていく先は。
金!金!金!
素晴らしい拝金主義です。いや、現実主義というべきでしょうか。
六ペンスのうた
王室勅選の老弁護士の元を訪れたのはかつて大西洋航路で知り合った17歳少女(現33歳)でした。
彼女は16年前に老弁護士が困ったことがあったら助けるよ、と言った社交辞令を真に受け、忘れずに本当に訪ねてきた困ったちゃんでした。
しかし困惑しつつも、約束を守るのがオトコです。
70歳を超えてもサー・エドワード・パリサーはオトコでした。
肉屋はならず者のペテン師だ、お茶を四分の一ポンド買い過ぎてる、マーガリンが嫌い、新しい六ペンス銀貨はキライ、間違った鱈を持ってきたミスは魚屋に言ったか、生活は五ポンド単位。
金の管理は基本、誰も信じない。同世代のいとこから届いた手紙は蜘蛛の巣状の筆致です。
でも、物乞いを手ぶらで追い返すようなことはせず、口うるさいけど、情は深い。
以上、この事件の被害者は明らかに典型的なヴィクトリア朝の薫陶を受けた女性です。
頑張れ!サー・エドワード・パリサー。
なお、マザーグースの歌が出てきます。言うまでもなく、「ポケットにライ麦を」と同じ、二四羽の黒ツグミですね。六ペンス。
エドワード・ロビンソンは男なのだ
男子、三日会わざれば括目して見よ、を地でいく短編です。
主人公は婚約者の尻に敷かれているダメっぽいオトコです。
ハーレクイン小説を読んでその主人公のヒーローのように振る舞えたらと妄想しています。
ある時、あたった懸賞で大金五百ポンドを手に入れます。が、婚約者に内緒のその金で車を購入したことを不安がっているような小心者です。
で、内緒でドライブして、似たような車と乗り間違えます。
ダメですな。
そして、漢になって戻ってきます。
事故
他人のことばかりじゃなくてですな。
アドバイスをキチンと理解すべきなんでしょうが、難しいですね。
ジェインの求職
主人公は無職のジェイン嬢です。
この短編集、男女を問わず、主人公の無職率が高いです。
やはり、経験がないとどこも雇ってくれません。世間の風は冷たいです。
現実を良く理解しているクリスティです。
彼女はヴィクトリアちゃんタイプです。
ガッツと智慧があります。
すきっ腹を抱えて新聞の求人欄である仕事に目をつけます。
頑張れ!
日曜日にはくだものを
ボンビーなカップルのボンビーなドライブでのチープな犯罪ドラマ仕立ての短編です。
でも、分相応というのがほんとうの幸せだと気づけるのが幸せなことです。
イーストウッド君の冒険
第二のキュウリの謎です。
アリアド二・オリヴァ夫人が付けそうな小説のタイトルです。
イーストウッド氏は作家です。
転んでもタダでは起きません。
頑張れ!イーストウッド。
黄金の玉
この主人公も冒頭で伯父さんから見限られ、無職です。
週の真ん中で無断で休日を取ったためです。
そりゃ、怒られます。
これから先を考えていたところ、ツーリングカーに乗った女性にナンパされてついていきます。
さすが伯父さんに目をかけられているのに無断欠勤するオトコです。
行動に迷いがありません。バリッとしたナリで助手席に乗り込みます。
そして彼女から「ねえ、結婚しない?」と誘われます。
無職の考えなしのオトコは無職の考えなしのオトコとして振る舞い、カッコをつけるも、バナナの皮に足元をすくわれます、てか救われます。
ラジャのエメラルド
主人公の名前はジェイムズ・ボンドです。
でもこちらはダメボンドです。
彼女には見下され、泊まるホテルも別々、保養地でのプライベートビーチでの着替え場所もままなりません。
ワタシなら泣いています。
彼女は金持ちの友人たちとつるんで楽しそうなのにボンド君はただぶらぶらするだけです。金もないし。
しかしビーチでのプライベートな着替え場所を勝手に使用した際、よりによってズボンをはき間違えます。
そこで運命の歯車が逆回転します。
自己啓発の冊子のおかげかしら。
今回、車を乗り間違えるオトコや他人のズボンをはき間違える粗忽なダメオトコがキーマンです。
白鳥の歌
ジャコモ・プッチーニのオペラ「トスカ」です。
この短編集ではこの白鳥の歌が異彩を放っています。
死の歌です。
トスカのキスとは…。
風、蕭々として易水寒し。
壮士、ひとたび去りてまた還らず。
これは始皇帝暗殺に独り臨む、荊軻(けいか)の歌です。心境的に似てるのじゃないでしょうか。違うか。
非常に力のあるドラマです。
三十数年のキャリアを棒に振っても「お芝居はこれでおしまい!」と言い切るあっぱれなヒロインです。
ガッツがあります。
「リスタデール卿の謎」のまとめ
安定のダメオトコのオンパレードな短編集です。
安心して楽しむことができます。個人的にマイフェイバリットな短編集です。
ここでこんなことやらかすか、と思うところでやってくれます。
まったく期待を裏切りません。
また、短編集「リスタデール卿の謎」には当時の世情がよく描かれています。
経験がないと上流階級も労働者階級も就職難だったんですね。
ムカシなら電話がないとダメとか地方なら免許がないとダメとか交通手段がないとダメとか、女性なら一人暮らしだとダメとか。
これからの日本は各々のリテラシーをどう生かせるか、アサーション、アサーティブ、コンピテンシーをどう持てるかどうか。
横文字ばっかですね。どうでもいいですね。
ようは生活力と人間力ですね。
上流も中流も下流も関係ありません。
大不況の頃に出版された短編集です。
短編集「リスタデール卿の謎」はそれを良く教えてくれます。
頑張れ!と。
超おすすめです。