アガサ・クリスティの全生涯を駆け抜けたカップル「トミーとタペンス」シリーズ第一作。1922年のビクトリア朝の気配が残るロンドンをロックンロールの疾走感で物語は進みます。どんな逆境でもへこたれないふたりの魅力はいつの時代も読者の共感を呼ぶでしょう。ふたり合わせても45歳以下です。
「秘密機関」のあらすじ
復員兵の若者トミーは陸軍病院から数年ぶりに元気な牧師の娘タペンスと地下鉄で出会います。
無職のふたりは青年冒険家商会のビジネスを立ち上げます。
その矢先ひょんなことからさっそく依頼が。しかしその依頼がさらなる謎と冒険にふたりを導いていき…。
トミーとタペンスシリーズ第一弾「秘密機関」です。
アガサ・クリスティが32歳のときの作品です。陰謀がおきる時代背景を「秘密機関」はサスペンスフルに描いています。そして当然推理モノでもあります。
「秘密機関」の時代背景
第一次世界大戦後のイギリスは大不況です。世界的にはロシア革命、イギリスでは北アイルランドの独立紛争、エジプト独立といままでの価値観がゆらいでいました。
イギリスでも女性参政権が数年前から認められ女性の権利もだんだん主張できるようになってきました。日本ではいわゆる大正デモクラシーの時代です。
「秘密機関」とロストジェネレーション
アガサ・クリスティはいわゆるアメリカ文学におけるロスジェネ世代ではありません。しかしトミーとタペンスはモロに失われた世代(ロストジェネレーション)です。
アメリカ合衆国は好況でしたが戦地になったヨーロッパは荒れていました。そしてイギリスは戦地にはなっていなかったのですが大不況です。なんか慢性化してますね。
金こそすべてのタペンスと文無しトミー
この経済状況では戦地帰りのふたりが無職でもしかたがありません。
しかしイケてる女子タペンスはタフです。生き残りを賭けトミーから借りた鉛筆一本でビジネスを立ち上げます。文字通りのアドベンチャービジネス。
現在ならなんどでも立ち上がるベンチャー企業家でしょうか。
ガッツがあります。
この頃パリではヘミングウェイが毎日が祝祭日でフラフラしていました。
ビクトリア朝の父親をdisりつつもタペンスは煙草をすすめられても吸いません。さすがモガ(モダンガール)でも牧師の娘です。節度と礼儀をわきまえています。真の育ちのよさがあります。
またフリーターとしても優秀なのは陸軍病院やその他の職歴でわかります。潜入捜査でのメイドのコスプレと仕事をこなすのもパねぇす。複式簿記にも精通しているようです。これはウソかもしれませんが。
タペンスにくらべるとトミーはさえないヤツにみえるかもしれませんね。
しかし文無しであることと人間力はちがいます。ごはんもたくさん食べます。
タペンスの前ではかすみがちになりますがトミーの機転と勇気はホンモノです。必ず実行して結果をだします。いつの時代にもいる平凡にみえる非凡な逸材というヤツですね。
新規プロジェクトをまかせても大丈夫なタイプです。途中でバックレません。しかもイケメンじゃないのが好感をもてます。いやわかりませんが。
アガサ・クリスティはイギリスのローリングトゥエンティの世代をトミーとタペンスに託したのでしょう。アガサ・クリスティは生まれるのが早すぎたのかもしれません。
しかしイケテルふたりはアガサ・クリスティの人生をリアルタイムで駆け抜けます。アガサ・クリスティの実質最終作品「運命の裏木戸」では70代です。よほど愛していたキャラだったのでしょう。
ヤバイ時代をオールクリア!!
まずタイトルが「秘密機関」です。大転換の時代だったのがうかがえます。相手もロシア人だの労働組合だの北アイルランドだの国際情勢が緊迫している時代です。
人類の意識の変化もはやいです。それが文化や工業にもおよんでいました。
登場人物のアメリカ人ジュリアスはオイルと鉄、鉄道の金持ちである説明があります。アメリカの好景気を象徴しています。
しかし、どちらかというと「秘密機関」のイギリスはまだスチームパンク風の世界観です。
トミーとタペンスが良き伝統のふるまいと合理的な思考でクリアしていく姿はカッコいいですね。
ハンガリー帝国生まれのピーター・ドラッカー氏はアガサ・クリスティより9歳下です。
私はふたりからなぜか同じようなヨーロッパの伝統的な品性とアメリカ的な合理主義を感じました。
とくに「秘密機関」を読んでからです。アガサ・クリスティは国際性と時代の扱いが素晴らしいです。
「秘密機関」のまとめ(ネタバレあり)
「結婚はスポーツだ」なんかカメラマンの浅井慎平氏のコピーみたいです。でもこれがいつわらざる気持ちだったのがよくわかるキャラクターです。一番カッコいいです。ほぼ無職の結婚でも。
夢と希望と文無しと透明感ある若いふたりはいつ読んでもキモチいいです。毛沢東がいった革命三原則「若く、無名で、貧しい」を体現したキャラです。ちなみに毛沢東はアガサ・クリスティの3歳下です。
おもわずガンバレ!と応援したくなる「トミーとタペンス」というか「タペンスとトミー」です。
でもきっとやっぱりアガサ・クリスティは「トミーとタペンス」としたでしょう。
あと作中のアルバートは次の「おしどり探偵」(29年、7年後)第二次世界大戦中でイギリスがドイツに押されていた時期の「NかMか」(41年、19年後)タペンスの探索の旅で私立探偵テイスト「親指のうずき」(68年、27年後)そしてアガサ・クリスティの最後の作品「運命の裏木戸」(73年、32年後)すべてで登場、重要な場面でふたりをサポートします。
そのあいだ受付、結婚後店舗経営、奥さんの生前のかよいの召使、奥さんが亡くなって数年後のかよいの召使として登場します。
この三人はリアルで加齢されていきます。しかし青年冒険者協会の魂は永遠です。
この三人がイギリスの国難を救い社会問題を提起し世界をコントロールしているバイオパワーに迫ります。
最後までカッコイイジジイとババアたちです。
ぜひ読むなら順番どおりにお読みください。
読者に愛された理由がわかります。