ホロー荘の殺人 THE HOLLOW アガサ・クリスティ 中村能三 訳

高密度な人物描写と意外な結末の作品。1946年出版されたアガサ・クリスティの傑作のひとつに数えられます。1951年にポワロなしでアガサ・クリスティ自ら戯曲化しました。映画化もされています。推理小説のワクを越えた当時のワーキングガールの姿は今でも共感できます。

「ホロー荘の殺人」のあらすじ

秋の週末ロンドンから離れた景勝地にあるホロー荘につどった一族と親しいひとたち。

彼らはそれぞれ内面に複雑なおもいを秘めていました。

近くにしぶしぶ別荘を購入したポワロはホロー荘での日曜ランチに招かれます。

到着早々のホロー荘でポワロが見たものは…。

季節は9月末あたり。

難しくいい変えると錦繍の秋(きんしゅうのあき)です。

紅葉がきれいな頃でしょう。

ポワロにとってはたいして興味がないようですが。ホロー荘は景勝地にあるのでみなさんよく散歩にお出になられます。ポワロは歩きは苦手なようですけど。

情景が浮かぶヴィジュアルなおハナシです。そしてそれぞれの心情も色鮮やかに深みをもって描かれています。

「ホロー荘の殺人」の時代背景

第二次大戦後です。戦争前にあった海外資産を失くしただけではなく債務超過になっていました。

戦争中のドイツの迎撃不能なV2ロケット攻撃や潜水艦などの攻撃で物資が不足した状況での終戦です。国民のこころは疲れていました。

大英帝国はもはや崩壊目前です。日本から植民地をとり戻しますがもはや植民地は以前のようにコントロールできませんでした。

イギリスは不況のまま戦後を進みます。

このホロー荘のひとびとは優雅な週末を過ごしているかのようにみえますね。しかしリアルワールドが困窮していればこそ、このような夢の世界が需要があるのでしょう。

キーワードのホロー(HOLLOW)とは

ホローとは空洞とか空虚という意味があります。また木のうろなどの意味もあります。アンカテル家のひとびとはメンタルが違う妖精のような血族です。

アンカテル家の一員である芸術家ヘンリエッタが描いた落書きは世界樹(イグドラシル)です。

もろに空洞世界の妖精のような世間とは違う一族です。カンタンにいうとみんなクール過ぎます。情緒がないですね。

そのなかで血のかよった女性がストーリーの屋台骨をささえます。

「ホロー荘の殺人」ではアガサ・クリスティは現実世界で働く女性ミッジを登場させることでホロー荘のひとびとに世間の現実と自分たちの甘さを突きつけます。

彼女は半分しかアンカテル家の血を引いていません。

いわゆる労働者階級なのです。両親を早くになくし親戚の家を転々とします。しかし一族を頼らず自活して頑張っています。

ロンドンのアパレルで働くミッジはエドワードにこう言い放ちます。

どうしてわざわざそんなことを言いに来る必要があるの?あなたは本気で言ってるんじゃないのよ。こんな地獄のような半日を送った後で、エインズウィックのようなところがあることを思いださせてもらったら、それであたしの気が休まるとでも思ってるの?

さらにマヌカンの魂の叫びがつづきます。

なにもかもから逃げだして二時十五分の汽車でエインズウィックに行くためなら、あたしが魂でも売る気でいることが、あなたにはわからないの?…エドワード、でも、あなたは残酷よ! - 口で言うだけ ー ただ口で言うだけ……

アガサ・クリスティの著作のマーケットが知識層や有閑層、いわゆる高等遊民であることを考えるとけっこうなバクチを打ったものだと思います。

リアル感のあるシンデレラストーリー「ホロー荘の殺人」

アガサ・クリスティ自身は薬剤師として勤めていたので現実の労働をよく理解していたのでしょう。

ここぞとばかりに現実のワーキングガールと富裕層のちがいを書き記します。

昼食時間を犠牲にしなければ画廊にも寄れない、昼のコンサートにも行けない、晴れた夏の日に車でドライブにも行けない、郊外のレストランで食事もできない、すべて土日までおあずけで混雑した食堂やスナックを掻きこむ毎日。

現実ばなれした生活をしているエドワードに「自分の知らなかったミッジの生活」を想像させます。

そしてエピソードを経てついにエルフのような現実ばなれしたアンカテル家のエドワードに必要な女性は「家庭で炉に火を燃やす人」だとミッジも悟ります。

「ホロー荘の殺人」はアガサ・クリスティが書いたハーレクイン推理小説のひとつです。

泣けるし元気もでます。

孤独を感じながらも頑張っている全女子におすすめします。

「ホロー荘の殺人」のまとめ

この「ホロー荘の殺人」は「左翼の書店を経営している」とか現実世界の労働者のハナシが多いです。執筆時戦争は終結してなかったのにもかかわらずに。

あと木蓮が9月にもまだ咲いているという描写がありますが誤訳なのか私が知らないのか木蓮は春先に咲いてすぐ散るものだと思っていました。

さらにアガサ・クリスティが創造した架空の病気リッジウェイ病。それに苦しみながらもタフに耐えるクラブトリーというお婆さん。

これは困難な人生でも決してあきらめず前向きにいきていくひとを賞賛しているのでしょう。

クリストゥ医師が他の有閑マダムを見下しているのにもかかわらず、クラブトリー婆さんには同士と感じています。

最後にヘンリエッタはポワロから言われたことばはクラブトリー婆さんが言ったことばと同じだと理解します。

「ホロー荘の殺人」はアガサ・クリスティのすべてのひとへの温かいエールでもあるのですね。

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