未完の肖像 UNFINISHED PORTRAIT アガサ・クリスティ(メアリ・ウエストマコット) 中村妙子 訳

1934年作品。メアリ・ウエストマコット名義第二作。クリスティの自伝的作品です。なぜ「未完の肖像」なのか。なぜクリスティは1934年にこの作品を発表したのか。なぜ二作目なのか。メアリ・ウエストマコット作品として考えると謎の多い作品です。

未完の肖像のあらすじ

冒頭、手紙を送るような前書きから始まります。聴き手である肖像画家がある女性から半生を聴き取り書き留めたストーリーです。アガサ・クリスティがアガサ・クリスティを通してアガサ・クリスティに送った「未完の肖像」です。

未完の肖像の時代背景

1934年です。昭和九年。日本のこの年生まれの世代はどちらかというと左傾向の強い方が多かったです。前作「愛の旋律」出版時の昭和五年生まれとは対照的です。これは少国民として戦地の兄に思いを馳せる世代と腹が減ってる上に戦後手のひら返しを教師にされた世代の差ではないかと思われます。私の身内にもおりました。決してチルアウトしない世代です。

ちなみに昭和一桁世代が過労死どころか戦後の食糧難に餓死しないで生き残ってくださったおかげで高度成長期やバブルの繁栄を築くことができたのです。

その後の我が国は現在に至っております。現在が良いのか悪いのかというわけではありませんけど。いや、悪いか。この年、「オリエント急行の殺人」と「なぜエヴァンスに頼まなかったのか?」と「パーカーパイン登場」が相次いで出版されています。

クリスティ、スゲー、ですね。

なお、ヒトラーが総統になった年です。時代は不穏な雰囲気です。

風山漸 四爻

鴻漸于木。或得其桷。无咎。「こうきにすすむ。あるいはそのかくをう。とがなし。」

易経の53番目、風山漸の4番目の卦の内容です。「木にとまって一休み。これからだから、注意して進め」という感じですか。

冒頭第一部の散文からするとこんな感じになります。人生は常に黄色信号だから注意して進みなさいよ。青信号はないんだから。

クリスティはこの少し前までは同じ「風山漸」の三爻、(さんこう)

鴻漸于陸。夫征不復。婦孕不育。凶。利禦冠。「こうりくにすすむ。ふゆきてかえらず。ふはらみていくせず。きょう。あだをふせぐによろし。」状態でした。

水鳥は陸を行く。亭主は家を出て帰らない。子供を育てることもできない。当然芳しくない。なりふりかまってる場合じゃない。状況でした。

「未完の肖像」はまさに易経「風山漸」の三爻までの話です。クリスティの短い前半生とこれからの長い後半生を予見した物語と言えるでしょう。

「風山漸」で登場する水鳥は「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」の「鴻」で大きな鳥系です。まさにクリスティにふさわしいですね。

「なぜ、ダーモットを選んだのか?」

クリスティは悪い男が好きです。女は皆、そうだと言っておりました。作品はどれだか忘れましたが。悪い男が好きというより、退屈な人生が嫌だったのでしょう。非常に複雑なお方ですから。

幼少期から感受性が強く、反面爆発的な行動力も秘めており、具現化させます。タペンスや「バクダッドの秘密」(1951年)のヴィクトリアちゃん達のような女子達はその化身です。

元旦那ダーモットは「満潮に乗って」(1948年)のデイビッド・ハンターそのものです。クリスティ作品には常連である不思議な魅力を発散させる「ワル」です。実人生では困ったもんです。やりたい放題です。しかも博打とかに享楽的に消費するのですから。いくらあってもお金が足りません。

そのリアル版が元旦那ダーモットです。本名アーチボルトです。あ、これはクリスティの元夫ですか。

なお、「未完の肖像」は前半から中盤にかけて地方の英国の暮らしぶりが詳細に描かれています。食べ物や環境ですね。クリスティの実体験に基づいているのでリアリティがあります。

また蝶々を帽子に留めるシーンは周りの方々の感性とクリスティやお母さまの女性の感性との違いが大変よくわかります。まー、蝶々を食べたわけではないのですが。ここでは兄貴もチラッと顔を出します。実際のクリスティの兄は「ワル」というよりワルの「腰ぎんちゃく」みたいなタイプだったようですが。

感性の落差、違いがクリスティ作品ではユーモアと事件を際立たせています。

後半、ダーモットと知り合ってから、物語は急速にドラマ化します。イベントドリブンです。人生はフリーシナリオではあるが、フレームがある程度決まっています。人は決めて人生を歩めません。手持ちの情報をもとにフェルミ推定をおこない、生きていくしかないのです。

あとは筮竹かコインの裏表で決定です。さもなきゃ、ボンジョビです。

誰もが、So what? 「だからどうした?」we’ll give it a shot!「やるしかない!」のです。

それを暗示した一冊です。

というわけで、ノンフィクションである「さあ、あなたの暮らしぶりを話して」以外のクリスティ作品をたぶん全部ご紹介しました。あとは合作があるのですが、これは部分のみ担当ですので今のところ数に入れておりません。

2016年の12月から始めて紆余曲折を経て終わりました。橈骨神経麻痺になり、いわゆる「悟り」(気づき)が訪れ、コロナになり戦争が始まり、物価高騰で少子高齢化、DX化の時代、生成AIの時代になりました。

2023年に終わらせられてよかったです。皆さん、長い長い変人のはなしにお付き合いいただきありがとうございます。この二作品が戯曲を読むより難しく、読んでも駄文を連ねるのがさらに難しいため遅れに遅れてしまいました。

しかし、この二作をかかねばまさに「九仞の功を一簣に虧く」有様ですので叱咤ビンタされ書き綴りました。頼まれたわけでもないのに。おじゃるまるの赤紫式部とはちがい、才がないので呻吟しましたが。

それではまた、そのうちに。

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