1934年。時代を先取りしたニート、ボビィ・ジョーンズと伯爵令嬢フランキーの強運コンビの活躍を描いた冒険推理小説です。昭和九年にまったく自立する意思をもたず親がかりを決意しているボビィはそれでも元海軍軍人です。イチバンハラハラしているのは牧師のオヤジさんでしょう。なぜボビィがこうなったのか。
「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」のあらすじ
まったく自立する気がなく父親の悩みの種である元海軍軍人の牧師の四男坊、気のいいニートのボビィは医師のトーマスとのゴルフで派手なスライスを打ち込んでしまいます。そしてついに海岸沿いのがけっぷちにボールが。
すると下方に男が倒れているのに気づきます。どうやら崖から足を踏み外し滑落したようでした。トーマスの見立てでは男は背骨が折れておりもはや命は風前のともしびです。
トーマスが応援を呼びに行っているあいだボビィは意識を失った男と残されます。死の間際男はわずかに意識をとりもどし、こういい残します。
「なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」
正直もののボビィはそのことばを聞いてしまったばかりに致死量をはるかに越えた分量のモルヒネをビールに盛られ命を落としそうになります。
その後ボビィは見舞いに訪れたロンドンからの帰りの列車で再会した伯爵令嬢フランキー、レディ・フランシス・ダーウェントとタッグを組んで危険な冒険に踏み込みます。
胸アツです。
一緒にコースをまわっていた医師は実は当時のオトコとしてだらしないボビィにひとこと説教するためにゴルフをしています。
父親とオルガンを弾く約束を守るため(約束に遅れると体調を壊して説教されるから)死体を偶然とおりがかった見ず知らずの男にまかせて急いで帰宅して「大馬鹿野郎が崖に転落していて見取っていたら遅れてしまった」と正直に言い訳したら「死に直面しておきながらおまえはなんて冷酷なのだ」と結局父親に説教されます。
父親の言うことはもっともですがニートの居心地の悪さから常識を逸脱して挙動不審になっているボビィは気遣ったもらえません。ま、ニートにはついてまわることだからしょうがないか。がまんしろ、ボビィ。
平日ウチに居づらくなり20代後半の男の健康を維持するため野原に「ひとりピクニック」出かけそのとき飲んだビールに医学報に載るくらいの奇跡の回復扱いされるモルヒネを盛られても、そのまま死んでしまったほうが幸せだったとはボビィはむろん思いません。
見舞いに来た伯爵令嬢フランキーにむしろ自慢げに語ります。
まったく健康優良の発達しきったニートです。
弱気で善良な体力の余りきった20代後半の男性ニート、ボビィ。
犯罪を犯さないんだから夢見るくらいいいじゃないですか!
「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」の時代背景
昭和九年です。「パーカー・パイン登場」(34年)をご覧ください。
クリスティが14歳下のマローワンと再婚したばかり(30年再婚)のミステリです。
この年クリスティはその他に長編三作を上梓しています。
この「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」は「オリエント急行の殺人」(34年)のあと、「三幕の殺人」(34年)のまえの作品になります。
「なぜ、クリテスティはニートを描いたのか?」キング・オブ・ニート、ボビィ・ジョーンズ
トレンドに敏感なのがアガサ・クリスティですから、この時代にすでにニートが話題になっていたのかもしれませんね。
「ニート」ということばをイチバン最初にわたしが目にしたのは今世紀初頭くらいでしたっけ。イギリスで問題になっているとか新聞の社説だか識者の社会問題として扱われていたような気がします。読売新聞だったかしら。
てか、ニートはその前からです。不況でパンクスは仕事がない若者の気持ちを代弁したんですし、もっとムカシ、ヴィクトリア朝時代には(それ以降も)勝者の総取りのような限嗣相続(げんしそうぞく)が普通のイギリスですからね。
ニートは潜在的だっただけです。誰だ、表沙汰にしたのは!これじゃ安心して引きこもれないじゃないか!あ、引きこもりとニートは違うか。
ボビィが海軍を除隊した理由も微妙です。目が弱く南方に派遣されたさいに日光に耐えられませんでした。身体は頑健だろうに。情けない。
と、誰にも思われるでしょう。
ここらの非常に他人に理解しづらい理由であっさり不況でも仕事を辞めてしまうのがニートや引きこもりになる社会的弱者である根性なしとかゴクツブシとか言われれがちなニートと言われる人種の一般人との分岐点です。
ほんの少しの理由で道から外れてもうダメ街道に転落です。仕事の退職理由も他人から非常にわかりづらいです。四男坊だし。クリスティはここらのリアリティが本当に素晴らしいです。
まったく気分爽快に他人事とは思えません。わたしは君を応援しているよ、ボビィ。
さらにダメ押しでボビィのキャラをあらわしている特色が周囲全員からダメ人間に思われている友人バジャー・ビートンでしょう。まったくダメを極めています。
親友バジャー・ビートンは吃音があります。ま、ここはダメとは関係ないですが。しかるに子供のころからドジでなにをやってもダメな男なのです。経営していた養鶏所はつぶし株の仲買人の事務所はひと月でクビになりとにかくダメ人間です。
伯爵令嬢フランキーに幼い頃のバジャーを思い出させるのに馬から落ちて泥にアタマから突っ込んだ彼をふたりで引き抜いたといってようやく思い出せるほど空気のようなダメさです。その後フランキーはスムーズにバジャーのダメ歴史を思い出すのですが。ダメダメです。
しかし一見ダメで役立たずに見えるバジャーはオクスフォードを出ています。ただのダメではありません。オクスフォード出の真の残念なダメ男です。コストパフォーマンスが高いダメ男です。
おいおいバジャー…。
彼がボビィの唯一の友人です。固い友情で結ばれているのが随所で散見されます。散見でしかないですが。もちろんおもにボビィが注視しているのは女性です。これは妙齢のニートだから仕方がありません。
彼バジャー・ビートンがキング・オブ・ニートである主人公ボビィ・ジョーンズのすべてをあらわしています。ゴルフも球聖と言われたボビー・ジョーンズとは雲泥の差です。同じ名前なのに。
まさに類は友を呼ぶ。
趣きのある箴言です。深い味わいがあります。涙が出てきました。
性懲りもなくボビィはその「社会的信用のない使えないバジャー」の中古車ガレージを手伝うのです。その打ち合わせの帰りに乗り遅れそうな列車に飛び乗り偶然伯爵令嬢である幼馴染フランキーと出会います。
彼女は一等車です。ボビィは見栄を張ろうとしつつももちろん張れません。
なぜならお金がないから。くっ。
もはや天を仰いで慟哭しそうです。
しかしここでニートの運命が変わります。
ダメ×ダメ+伯爵令嬢=「なぜ、クリスティはニートを描いたのか?」です。なお、ダメは乗算です。
数少ないボビィの運の良さは階級が違うのに幼馴染というだけでふつうにフランキーと話せることです。たったこれだけ。でもないか。生命力も尋常じゃないですからね。
トミーとタペンスとボビィとフランキーは似ていますがタペンスよりフランキーはお嬢でトミーよりボビィはユルいダメ男です。若い頃のトミーはたしかに軽いですが、それでも第一次大戦の激戦の生き残りですからね。
ボビィとフランキーが素人丸出しで推理小説を参考に推理を組み立てていくところは実際に素人だから仕方がありません。ベレズフォード夫妻も「おしどり探偵」(29年)ではそうでした。
しかし、ボビィもバジャーもそしてフランキーもなんか微妙にリアルに強運です。ボビィは実際に致死量のモルヒネを盛られても生きている文字通りの強運ですが。彼の守護霊も大変です。汗だくでフル稼働に違いありません。
特筆すべきはダメオトコふたりはともにヘンな人徳がある点です。
女神レディ・フランシス・ダーウィントというリアル伯爵令嬢の守護があるのですから。いうまでもなく彼女、フランキーは文句なしの強運です。
ついでに余談ですがたいがいのニート(ダメおとこタイプ)もそんなカンジですね。
やさしくて気を回しすぎて身内や他人に誤解され傷ついて疲れたダメっぷり。
なんとなく仕事辞めちゃうし。
友達も無職ばかりだし。
悪党じゃないし生活力が弱いし。
せっかくバイト紹介したのに来ないし。
来たらクビになるし。
でもそのやさしさを理解してくれる誰かが必ずいるものです。
近所のタマとか。
だからまだまだイケルぜ。ダメじゃないぜ。
いやいやいやいや。やっぱダメだし。
揺れ動くニート心ですなああああ。はあああ。ダメだ。
ニートとは違いますがやはり先鋭的に未来の若者を予見したクリスティ屈指の傑作(自選十作品のうちのひとつ)に「終わりなき夜に生まれつく」(67年)があります。
こちらの語り手で主人公のマイケルはフリーターです。
この「終わりなき夜に生まれつく」(67年)はミステリというジャンルを超えています。一読をオススメします。
「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」のまとめ
牧師の父親は胸のうちでこう思っています。「いったい、いつになったらボビィは仕事をみつけるのだろうーーー?」
四男坊ボビィは胸のうちでこう呟きます。「いったい、いつまで、僕はこの家にくっついていられるのかな?」
涙が溢れて止まりません。まさにナミダ滂沱として禁ぜずです。んな高尚なもんじゃないか。
てか、誰のハナシですか。ワタシのことですか。被害妄想気味ですか。
なおもう一人の主要キャラのフランキーはクリスティの作品によく登場するお侠(きゃん)というのにはあまりに活発すぎるお嬢です。稲妻の少女です。荒井由実です。
やっぱりただ気持ちのやさしいだけのダメニートのボビィに「きみときたら、まるで血にうえた狼だね、フランキー」とか言われています。
彼女もクリスティ作品によく登場する、血ダクが好きなタイプで少し嫉妬心があります。
最近の男はダメだってパパが言っていたわとか言いつつもなんとなく弱い同時代の男の子の心情も汲み取っているようです。良い女子です。
もちろんボビィも明治生まれと思われるのでイマドキの男より多少は骨があります。ニートですが。デートでも女の子にご馳走になれるタイプですが。お金があれば払う気概はあります。気概だけは。現実はキビシイですが。
ていうかお金ないからしかたないじゃん。
なおボビィがかねてからの夢だったらしい、高給のケニアのコーヒー農園のマネジャーにラストに就けます。
ニートの夢らしく非常に他人にわかりづらいボビィの夢はきわめて今風でむしろわかりやすいです。きみはケニアで自分探しするのですか。
そしてラストでダメ男の親友バジャー・ビートンが絶対絶命のふたりの窮地を救います。
彼にも祝福が待っています。バジャーのほうがむしろ仕事的にはイイカンジです。彼はどことなく「マギィンティ夫人は死んだ」(1951年)のベントリィ氏を思わせます。てか、ボビィもですが。守護天使が一個師団ついているタイプです。
でも、みんな早く生まれすぎましたね。合う仕事が少ないのです。今ならゲームのデバッガーになっていたか、アフィリエイターになれたかな。
クリスティがどういうまなざしで人物を見ていたかがよくわかる作品です。
ありがとうございます。アガサ・クリスティ。生きていてよかった。
あとこのミステリのタイトル「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」は忘れた頃の最後のどんでん返しです。
さて、わたしは「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」が自分の二十代の頃を見ているかのような小説にカンジました。
ニートにはなれませんでしたが、なぜそんなに覇気がなくてやる気がないんだとよく上司に言われていましたからね。
わたしには残念ながらフランキーがいなかったのがボビィたちとの人徳の差でした。
この「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」は十代から二十代のモヤモヤした方々、かつてやる気がないヤツと判断されたすべての方々にオススメします。
ひょっとしたらフランキーのような女性に出会えるきっかけになるかもしれません。
おもしろいダメニート青春冒険ミステリです。