愛国殺人 THE PATRIOTIC MURDERS アガサ・クリスティ 加島祥造 訳

マザーグースとイデオロギー。と一見思われる作品ですが違います。イギリス社会の風潮をミステリのトレンドとして素材にするのが女王クリスティです。同時期発表された作品では封じていた社会的な気分をミステリに仕上げています。ポワロはいつものポワロです。1941年作品。

「愛国殺人」のあらすじ

その日ポワロが訪れたモーリィ医師は腕がいいと評判の歯医者でした。

恐怖におびえながらも予約した午前中になんとか三本の歯の治療を終えることができてポワロは一安心。

良くなった歯でランチを楽しみ至福のひとときをすごしていた2時45分、電話が鳴りました。

ジャップ警部からの緊急の連絡です。その内容はモーリィ医師が銃で自殺したというものでした。

これはポワロのかかりつけの歯医者の事件です。

しかもポワロが治療を受けて数時間もしないうちに自殺したのです。

ポワロは治療を受けたさいになにもモーリィ医師から異変を感じ取りませんでした。

その日来院した治療者をポワロとジャップ警部は聞き取りをはじめます。

「愛国殺人」の時代背景

この時代の背景は「五匹の子豚」にも書きましたがベヴァレッジの報告が出された時期と重なります。

このベヴァレッジ報告にもとづいてイギリスは戦後「ゆりかごから墓場まで」の手厚い社会制度が敷かれるわけですが、それが1980年代に北海油田が開発されるまで続く「英国病」の原因になります。

ですが、戦時においても(1939年から欧州では第二次世界大戦が始まっています)このような内政上の問題がミステリの題材として扱われるというのはこの問題に対して国民の関心がいかに高かったのかがわかります。

「ナイルに死す」では若い貴族が先鋭的な共産主義的な人物として描かれますがはっきり暗殺未遂までからめて作品上で取り上げられるのはクリスティ作品では異色の部類に入るのではないでしょうか。

当時イギリスという国の制度が疲弊しており「持てるもの」と「持たざるもの」、「本国」と「植民地」との軋轢が燎原の火のように広がっていたのかがわかります。

歯医者殺人事件

ミステリ「愛国殺人」は実際はこんな感じのタイトルが的を射ているかのようなミステリです。

しかしアガサ・クリスティという希代の作家の作品のほとんどがそうですがその判断は危険です。そんなの私だけですか。

クリスティのミスディレクション(間違い誘導)のワナにゆったりのぼせるくらいにはまります。

しかもクリスティのミステリはイメージ的にネスト(入れ子構造)していたりダブルミーニング(二重の意味)になっていたり見慣れたはずの舞台や小道具があっさり別次元で語られたりと気を抜けないところがヤバイです。

で当然「歯医者殺人事件」ですが単純な「歯医者殺人事件」ではありません。

もちろん「愛国殺人」は右翼と左翼の発祥の国とはいえ単純なハナシではありません。

ブルジョアとプロレタリアートのハナシでもありません。

だいたいポワロは自分でブルジョアを満喫してそれを受け入れているというか自己のスタイルで生活できればノープロブレムという立場の存在です。

じゃ何が愛国なのか。それが

じゃどの歴史をみればいいのか。になってしまったのが「愛国殺人」なのです。

汝エホバの言を棄たるによりエホバもまた汝をすてて王たらざらしめたまふ

ラストにポワロが引用します。

そしてさらにひとひねりがクリスティにより明かされるのですが。

旧約聖書のサムエル書のことばです。難しいですね。ものごとの本質を忘れたものは逆に本質にも見放されるという意味でしょうか。

人間は人間ですよ。上も下もないですよ。ということでしょうね。

ポワロ、クリスティのことばは政治思想や経済福祉政策よりもさらに上の意思を代弁しています。

当たり前といえば当たり前なんですが。ポワロは政治上の立場も何も語らず自ら適当だと思うポジションでポワロの肉体的な言葉で語るだけです。

なんかポワロが実在の人物で我々が架空の人物のような気がします。

ほんと、「愛国殺人」は難しいミステリです。

でもこの「愛国殺人」が難しいのは内容ではありません。読みづらいわけではありません。

「愛国殺人」の投げかけた問題が歴史に照らし合わせたら難しいのです。

この「愛国殺人」がベヴァレッジ報告が提出された時期の出版であり、ナチスドイツとの戦争さなかにもかかわらずイギリス国民の気分をあらわしており、その気分はそのまま戦後イギリスの方向性を現実化し、深刻な英国病という未来を選択した当時のイギリスの気分を映し出しているからです。ながいス。

クリスティは思想的にはどちらにも組していないのですが予期せず予期したというかなんというか。

さすが作品にムラがない上にトレンドをいち早く取り入れる作家です。未来を予見しています。

じゅうく、にじゅう、私のお皿はからっぽだ・・・・

ま、まざーぐーす・・・。

予言どおりの世界が待っていたんですね。からっぽ気分が蔓延しています。

その後のイギリスは。

日本でいうとバブル時期に土地が高くてサラリーマンが家を買えない時代になったと怒ったら政治家がこれならどうだと総量規制して予期せぬ経済状態になってしまった現在に至るという感じですか。

ですがバブルのとき14インチのブラウン管カラーテレビが5万円しましたが、今その金額で32インチ液晶が買えます。

パソコンがエプソンの286がえーといくらだったかしら。まだパソコン通信も普及していなかったし。

またルック・イーストと言われていたり、いずれカルタゴ型だから沈むと言われたり。(ローマは失敗しても責任者に腹をきらせない社会でしたが、カルタゴは責任者を選んで失敗したら腹を切らせる社会でした。

つまり日本はそういう国だということです。あれ?とか思いますよね。逆のひとばかりで沈んでるんじゃ・・・・あ、誰かきた)

でも今は安くなっても外資ばかりになって国力が落ちているといえなくもないし。でも実力社会だからしょうがないといえなくもありません。

当時我が国はヒューマンリソーシズの国だと言われました。

なのに応用科学ばかりで基礎科学はないがしろにしているといわれました。

しかし今ではノーベル賞もアタマのいい方たちの奮闘でアジア圏で誇れるくらいです。判断が難しいですね。

ただとにかく私に限らず誰のお皿がからっぽになるのもまずいですね。

アガサ・クリスティ、ポワロもお皿がからっぽはまずいという立ち位置です。

歴史や現実の事象はゆらいで理想とは異なる世界かも知れないけれど、ひとの命に優劣はないとちから強く意思表示しています。

はっきりこの「愛国殺人」では人命の軽視を断罪しています。

「愛国殺人」のまとめ

ちなみにバブル前はずーっと我が国日本は経済的には不況ですから。

万博終わってオイルショックがあってそれからバブルまで。年収が今より高かったのにもかかわらずです。なんでもかんでも包装紙に包まれていたわけじゃないし。

ワインもウイスキー高いしバドワイザーはPXとかワイハじゃなければムリでした。焼酎は一升瓶がデフォでした。

その前も高度経済成長だとか言われていましたが今より食料の種類も家財道具も車も家も欧米から比べたらおハナシにならないレベルでした。

もちろん労働時間もです。労災も出さないなど、ブラック度は今より高いはずです。

ただ働き手が抜け目がなかったひとが多かっただけです。学歴は現在より低かったのでしょうが、人間力が幼い頃から鍛えれられていたのかもしれません。

これが弱いと生きていけない時代だったというせいもあります。

ただ今は鍛えられていない環境で育ったのに以前よりハードな社会環境に放り出されているなという感は否めません。愛国ってなによ、って感じです。

以前は洗脳されていたようなものです。

ですから40年前からずっとでていた年金問題とかが今でてきたように言ってますよね。まだ通じると思っているんですかね。なんのために消費税導入したんでしょう。学級会みたいです。

明治時代から欧米に対抗するため小学生から洗脳教育していて自分たちも洗脳されていて。支配階級がアタマヨワになってしまっています。たしかにどこの国でもそんな感じではあるんですけど。

こころが純粋でアタマがよく、しかも洗脳が通用しない人たちが生まれてくるとは考えなかったんですね。我が国の支配階級は。支配するならうまく支配してくれよです。

イギリスは保護主義を標榜したひとびと(被支配層がないがしろにされたから)がひょうたんからコマでユーロ圏から離脱です。

アメリカは保護主義のちからが強くて(こちらも被支配層がないがしろにされたから)マスコミがキャンペーンを張ってもトランプ大統領です。

世界をリードしてきた二大アングロサクソン国がこういう感じです。この愛国主義というか保護主義は世界的なトレンドですか。

支配階級がアタマ弱くなったのか被支配層の情報パワーが増したのか。これがパワーシフトの未来ですか。アガサ・クリスティもヴォイヤン(見者)だったのですね。

と、どうも「愛国殺人」というタイトルとその後の世界を予見する内容のせいかミステリとは関係のない文章になってしまったようです。

「愛国殺人」はミステリなんですが、ミステリ以上の予言の書です。大戦中のイギリスだけのハナシではありません。今現在の我が国で進行中の問題を投げかけています。

最後にモーリィ医師はこんな理由で殺されたくない事件の上位に入りますね。

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