スタイルズ荘の怪事件 THE MYSTERIOUS AFFAIR AT STYLES アガサ・クリスティ 田村隆一 訳

1920年アガサ・クリスティのデビュー作であり名探偵エルキュール・ポワロ初登場でありヘイスティングズ、ジャップ警部初登場でありアルファでありオメガでもあるスタイルズ荘が舞台のそのものずばりの作品です。アガサ・クリスティは30歳でした。ここから50年以上が始まります。

「スタイルズ荘の怪事件」のあらすじ

傷病兵として第一次世界大戦の前線から送還されていたヘイスティングズは陸軍病院で数ヶ月過ごしたあと一ヶ月の療養休暇が与えられました。

しかし行く当てもないヘイスティングズが心を決めかねていたとき少年時代の知りあいであるジョン・カヴェンデッシュにバッタリ出会います。

昔話にふけったのちジョン・カヴェンデッシュはヘイスティングズがかつて少年時代によく泊まっていた彼の母親の邸宅スタイルズ荘に招待してくれました。

しかしそのスタイルズ荘の女主人エミリイ・イングルソープの周囲は昔日とは変わっていました。70歳に届こうとしている富豪の彼女は20歳下の素性のよくわからない男と結婚していたのでした。

七月十五日、ヘイスティングズはスタイルズ・セント・メアリ村駅に降り立ちます。

翌日その村の郵便局でヘイスティングズはベルギーで知り合ったエルキュール・ポワロと偶然の再会を果たします。彼を含む七人のベルギー人亡命者はエミリイ・イングルソープ夫人に助けてもらっていたのです。

そしてさらに翌朝事件が発生します。

エミリイ・イングルソープ夫人がなにものかにストリキニーネで毒殺されるのです。

ポワロの探偵としての非凡な実力を知るヘイスティングズはジョン・カヴェンデッシュに彼の助力を仰ごうと提案します。

ヘイスティングズはこのとき30歳です。招待してくれたジョン・カヴェンデッシュは15歳年上の45歳。15年ぶりくらいの再会のようです。

季節は夏。

複雑な家族構成です。

ジョンとローレンスのカヴェンデッシュ兄弟は亡き父の連れ子でエミリイ・イングルソープ夫人とは血がつながっていません。

財産は本来彼らの父のものです。当然継承するのは兄弟のはずですが義母であるエミリイ・イングルソープ夫人が相続し管理しています。今まではそれでなんとかやってきました。

しかしそのイングルソープ夫人が20歳若い男と結婚したあたりからギクシャクした関係の家族になっています。

「スタイルズ荘の怪事件」の時代背景

この「スタイルズ荘の怪事件」の出版は1920年ですが、事件が発生したのは第一次世界大戦の真っ只中の出来事となっています。

ヘイスティングズは「ゴルフ場殺人事件」で激戦が繰りひろげられたソンムの戦い(1916年7月1日~11月18日)に参戦してそののち負傷したと語っています。

その後本ミステリ「スタイルズ荘の怪事件」では数ヶ月陸軍病院で過ごしているとあるため本事件は1917年夏の出来事でしょうか。

ソンムの戦いを生き残ったヘイスティングズは英雄と言っても過言ではないでしょう。

この戦いでは初めて新兵器である戦車が投入されました。ソンムの戦いは塹壕戦であり酸鼻を極めた戦闘です。

イギリス軍の死者は7月1日初日だけで死者二万人弱負傷者六万人近くです。最悪です。このソンムの戦いでは数ヶ月で両軍合わせて百万人の人的損耗がでています。もはや狂気の沙汰です。

アメリカが1917年4月6日に参戦します。

そしてこの「スタイルズ荘の怪事件」が発生した七月はちょうどドイツ軍が禁断のC兵器マスタードガス(糜爛性(びらんせい)のガス)を塩素ガスの代わりに砲弾に詰めて使用しだしました。

遅れて連合国側も使用します。皮膚に触れただけでただれるガスです。人類終わってます。

この冬にはフランス軍は酒を飲んでやる気を失う兵が続出しました。そりゃそうです。むちゃくちゃです。

そしておろかな人類に追い討ちかけるようなスペイン風邪の大流行です。毒性の強いインフルエンザのパンデミックですね。ゲッソリです。

しかしここスタイルズ・セント・メアリ村は海の向こうで凄惨な戦いが繰り広げられているとはにわかに信じられないのどかな田舎の田園風景です。

それでもやはり戦時中であることが至るところでうかがえます。名誉の負傷兵ヘイスティングズ。

V.A.D (Voluntary Aid Detachmentイギリス赤十字直下の速成でつくられたボランテア看護婦独立班)のシンシア・マードック。

そして亡命ベルギー人エルキュール・ポワロ氏です。彼にも銃創があり辛そうですね。

ストリキニーネとか砒素とかココアとか

原点のミステリですね。クロスグリのシロップはまだですが。

キャラクターの造形がすごいですね。違和感を感じません、とくに女性に暴走するヘイスティングズとか推理をはずしまくるヘイスティングズとか。

そしてポワロにインスピレーションを与えるヘイスティングズとか。

ポワロを認めてはいますがアタマが少しおかしいのじゃないかと当初から疑っていそうなジャップ警部とか。

もったいぶる名探偵ポワロ氏とか。

そして本格謎解きの複雑さです。わたしは難しすぎて全然ダメでしたが、たしかにヒントは与えられています。非常にフェアです。

キャラ設定が見事でその後50年以上持ちます。脱帽です。

「スタイルズ荘の怪事件」のまとめ

推理はポワロのエキセントリックな動きに惑わされがちです。でもそういうキャラ仕様ですからしかたないですね。

とにかくクリスティは30歳弱でこの「スタイルズ荘の怪事件」を大正時代に書き上げたわけですから天才としか言いようがありません。これが昭和40年代までつづくのです。ありえません。

まだヴィクトリア朝時代の名残があるはずですのでクリスティは女のクセにとかいわれたりもしたでしょう。

ラストのもって行き方もそのあとの作品群につながる様式です。希望があります。

すごい女性であるの一言ですね。

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