蜘蛛の巣 SPIDER’S WEB アガサ・クリスティ 加藤恭平 訳

味覚音痴の上流階級の叔父たちが利き酒を試しているのを横目で楽しんでいる、超低額で野中の高級一軒家を借りた外交官の妻クラリサ。彼女は恋愛妄想を楽しむという女性です。夫の連れ子ピパはカエルの解剖と呪いが好き。ガタイの良い家付きの使用人の女性は口うるさく、雇った執事夫婦は不満が多い。当家になぜかいる実業家の秘書。そこへ夫の前妻の連れ合いが登場。彼はペテン師です。その彼が客間で死体で再登場して物語はこんがらかって展開していきます。長時間に思えますが、夕方からちょっと過ぎの間の出来事です。三幕物1956年の作品。

「蜘蛛の巣」のあらすじ

第一幕

上流階級の二人、ローランド卿と判事でもあるヒューゴー氏が利き酒をしていて、ローランド卿の姪でもある屋敷の主の後妻クラリサにかつがれます。ヒマですな。

実業家の秘書ジェレミー氏がクラリサを口説こうとやっきになっているように見えます。本業はどうした。ヒマですな。

美貌の人妻クラリサはコロシを交えた恋愛白昼夢を語ります。まったくヒマです。でも有閑マダムだから問題ありません。

夫の連れ子ピパは学校でのカエルの解剖と魔術の研究と家の探索です。忙しそうです。

執事夫婦の亭主の方、エルジンが家付き使用人の口うるささに不平を述べます。ヒマですな。

上流階級の叔父とクラリサが夫の前妻ミランダについて苦言を述べます。ローランド卿は絞め殺してやりたいとかなんとか言ってます。物騒です。

ゴツイ家付き使用人ピーク女史がクラリサの鼻先にブロッコリーを突きつけます。執事の女房をたたき殺してやりたいとか口にします。カルシウムが不足気味のようです。

上流階級の利き酒失敗判事がこの家の由来を語ります。

その後、夫のヤク中の前妻ミランダの連れ合いオリバー氏が登場します。職業はペテン師とのことですが、むろん本人は口にだしません。

クラリサの夫、外交官のヘンリーが帰宅、ダダ洩れ極秘情報を語りながら忙しく出かけます。ムダに忙しいタイプです。

そしてペテン師氏の死体が客間で転がっています。

連れ子ピパ12歳が、私が殺ったと泣き出します。

第二幕

第一場

15分後。

クラリサは利き酒失敗上流階級二人組とヒマな実業家の秘書に死体の隠ぺいを相談します。無茶です。が、隠ぺいする方向で話がまとまります。コンプライアンスなんかありません。判事もいるのに。

とそこへ唐突とも思えるようなタイミングで警察が登場します。コロシの通報があったのだとか。

すったもんだのあげく、ゴツイ使用人女性、ピークが隠しドアをあけると隠した死体が転がり出てきます。

第二場

その10分後。

警部が紳士録片手に聞き取り開始をします。仕事が早いです。

執事がクラリサに不利とも思えるような証言をします。

クラリサが叔父さんに促されて真実を語りだします。

そして死体が紛失です。ここの警察は仕事は早いが荒いタイプなんでしょうか。この警部は何年たっても叩き大工ですか。ジャップ並みです。

第三幕

ニ、三分後。

ローランド卿とその姪クラリサの知能の高さが発揮されます。

犯人逮捕。犯人はサイコパス系の人物でした。

最後に亭主、外交官ヘンリーがのんきに帰宅。でも本人は最重要問題を抱え勤務中です。

今さっき殺人事件があった邸宅で外交問題が話し合われるようです。

「蜘蛛の巣」の時代背景

1956年。昭和31年です。

「死者のあやまち」(1956年)、「愛の重さ」(1956年)の時代背景を参考にしてください。

前妻ミランダがヤク中だとかの部分は「死者のあやまち」などでも描かれている麻薬の市中への浸透ぶりがうかがえます。

お薬の話題は人口に膾炙してるんでしょうね。でもまだ古きイギリスの文化は残っているようです。残り香程度かもですが。

劇中東ドイツ高官と邸宅の主が会談予定のダダ洩れ極秘情報が出ます。東西ドイツ国境は緊張封鎖気味ですが、まだベルリンの壁はできていません。

西側に対抗するため前年、1955年ワルシャワ条約機構が結成されています。これは軍事同盟です。西側の北大西洋条約機構(NATO)は1949年に調印された西側軍事同盟になります。

第二次中東戦争です。アスワン・ハイダム建設資金調達のため、エジプトの大統領ナセルがスエズ運河を国有化したためです。運河の利権を持っていた英仏は当然、キレて軍を派遣します。

しかし英仏はアメリカの仲裁というか国益のため微妙にナセルに屈してはいませんが、引き下がります。イスラエルもイモを引かされた感じです。欧州は斜陽感いっぱいです。

エジプトはアラブ世界のイメージ的に勝利します。アメリカが動いたわけはダム建設にソ連が介入しエジプトと近づくことを憂慮したためです。

また、余談になりますが、このときほっといたらヌビア遺跡のアブ・シンベル神殿は沈没するとこでした。まあ、なってもしょうがないですが。1970年、ダムは竣工します。ナセルの名声は当時の団塊世代日本人バックパッカーにもユースホステルで鳴り響いたそうです。

とにかく英国は斜陽化していきます。

「蜘蛛の巣」のまとめ

一言でいうと本作は文字通り「蜘蛛の巣」です。

張り巡らせられた糸は一筋縄ではいきません。ですが、ヒントらしき怪しさはいたるところに散りばめられているのです。

一定時間内の展開が早いです。第一幕終わりから第三幕までほんのわずかです。

早すぎてアタマもこんがらがります。コメディタッチでもあるのでどこまでマジなんだかわかりません。

人が死んでるんですけどと言いたくなる場面が多々あります。

クラリサが「わたくし、死体を見つけたの」と言ったところ、判事は「何を言ってるのかさっぱりわからん」(これは正常な反応)

しかし、クラリサが「見てごらんなさい。ソファの後ろ」とさらに促すとジェレミー氏は口笛を吹いて「ほんとだ。」と言うだけですし、叔父さんのローランド卿に至っては「なんだ、オリバー・カステロじゃないか」とカブトムシを見つけたような口調です。

いや、オリバー・カステロ氏の死体なんですけど。そして「なるほど、ああ、確かに死んでるな」という有様です。カブトムシは死んでたようですね。

英国上流階級の方の感性を推し量る術は下流階級の東洋の島国の飲んだくれには持ち合わせていないのです。あ、禁酒してたんだ。飲んだくれはロクデナシに訂正してお詫びします。

ワインの年代当てを競って講釈を垂れていたローランド卿とヒューゴー判事は全部安いポートワインだったとクラリサに知らされるとバス上級勲爵士でビクトリア勲章受章のローランド卿などは磯野波平氏のようにキレます。ばっかもーん!とは言いませんが。

ちなみにバス勲章とは政治家、軍人で要職に就いた方々に贈られるものだそうです。

しかし、このコメディタッチの戯曲の中にはクリスティならではの、「ナルホド」というトリックのヒントが散りばめられているのです。しかも巧妙なある意味ストレートなヒントなのです。

シュールなスラップスティック性ににだまされてはいけません。

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