スリーピング・マーダー SLEEPING MURDER アガサ・クリスティ 綾川梓 訳


1976年アガサ・クリスティの死後出版されたミステリ。舞台はデヴォン州とおなじみの土地です。ミス・マープルが復讐の女神を思わせるように事件に挑みます。若い夫婦を守護するためディルマスを訪れ忘却の彼方の謎をオトナ女子ネットワークを駆使して最後は身体を張ります。

「スリーピング・マーダー」のあらすじ

ニュージーランドからデヴォン州ディルマスに引っ越してきたばかりのグェンダは後に来る夫のジャイルズを待ちます。

しかしはじめての土地にもかかわずグェンダはなぜか家の隅々まで記憶があります。

精神に不安を感じたグェンダは気分転換にロンドンの作家夫婦の家を訪れました。

そして作家の叔母の誕生祝いの「マルフィ公爵夫人」を観劇します。

そのときフラッシュバックに襲われ・・・。

しかし幸運にもそれは作家の叔母ミス・マープルの誕生祝いの出来事だったのでした。

ミス・マープル世代の独特のネットワークが縦横無尽に活躍するハナシです。

むかしも非常にうすいゆるやかなネットワークがあったことがよくわかるミステリです。

インターネットも何もない世界で友達の友達の友達のつてでお招きだのいとこの叔母の義弟だの友達のうちで働いていたコックの家に下宿だのやってくれますミス・マープル。

ちなみにこの友達とはドリー・バントリーのことです。彼女と夫のバントリー大佐のために一肌脱ぐのが「書斎の死体」(1942年)事件、バントリー大佐が亡くなり20年後のゴシントンホールを舞台にした「鏡は横にひび割れて」(1962年)の主要人物です。

60年代初頭、1962年のセント・メアリ・ミードはもはや田園風景とはいえないほど様変わりしています。イギリス自体の変化が著しいのがはっきり感じ取れます。世界中が変わりました。日本は高度成長期です。

しかもミス・マープルは、三つの州の警察署長の首根っこを押さえているといわれる豪腕の細腕の持ち主でもあります。

いまもむかしもお年寄りをなめてはいけないという教訓を与えてくれます。

ミス・マープルは常日頃からネットワークの手入れを怠らなかったのですね。

シンプルライフは複雑系のなかにあるようです。

「スリーピング・マーダー」の時代背景

この「スリーピング・マーダー」も第二次世界大戦中に執筆されました。

何十年も金庫で保管されていた作品です。それもドイツの爆撃をおそれてアメリカの金庫です。当時のイギリスの差し迫った状況が目に浮かびます。

1976年に出版ということで「スリーピング・マーダー」が最後の作品です。

当然、ポワロ最後の「カーテン」と同様具体的な時代背景はのぞかれています。

ただジェイムズ朝の応接セットとか出てきますが。これはアンティークなのかなんなのかです。

ジェイムズ朝はちなみに関が原の戦いくらいの時代でシェークスピアの時代くらいです。

1976年、70年代中盤のイギリスはパンクロックです。キングス・ロードです。

失業率も高く英国病は深刻で末期です。IMF国際通貨基金に助けをもとめます。

またデフォルトです。

公務員も仕事がなくというかお金がなくて政府が払えない状態でした。

電気もとまり第二次大戦中も機能していたと思われるセントラルヒーティングもアウト。

なんでもかんでもストライキ。少しでも余計な仕事をすると「俺の仕事をとるな」と組合がうるさい時代です。むちゃくちゃですね。

「パディントン発4時50分」がこの時代に書かれていたら電車は来なかったかもしれません。

鉄の女サッチャーを待たねばなりません。

余談ですがサッチャーは非情の女でフォークランド紛争に積極的だったといわれていますが兵士の死に慙愧の思いで耐えていたと回顧録で書いています。

当たり前かも知れませんが当たり前ではないかもしれません。

日本は第一次と第二次オイルショックのはざまでテロリストがまだ爆弾を仕掛けていた時代です。

ロッキード事件の時代です。記憶になかったことにしてはいけません。

1976年1月12日アガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティが死去します。

眠れる殺人事件は寝かしておけ

ロンドンに住む甥のレイモンドの誕生祝いから村に戻ったミス・マープル。

彼女が戻ったというウワサはまたたく間に村中に広がり、彼女の動向は逐一、村民に伝わっていきます。ここら辺のヒマなカッペ、じゃなかった敬虔な有閑マダムたちの描写がクリスティはいつも丁寧かつ絶妙です。

そしてそれを利用して上手く調子が悪くなったようにカッペ、じゃなかったヒマな村民に思わせ、ドクター・ヘイドックを都合よく呼び寄せます。

彼もまたミス・マープルのファミリーとも呼ぶべき人物で、ツー・カーの間柄です。古いか。

そのドクター・ヘイドックにミス・マープルが今回の件を話した際に、最初に言われた言葉が「眠れる殺人事件は寝かせておけ」です。

なぜなら、一度で済んだ迷宮入り事件を蒸し返すとヤブヘビで再度、悲劇が生じるかもしれないからというものです。

正義のヒーローからすれば噴飯物の結論でしょうけど、田舎の老婦人と老医者の診察中の世間話としては正論ですね。

でも、最後には決断を下し、ドクター・ヘイドックはミス・マープルに空気の良い海辺での療養を勧めます。

そしてミス・マープルはドクター・ヘイドックのお墨付きをもらいディルマスヘ向かうのです。

すべて隠密裏です。外部には何も生じていません。

まったく、二人ともただの人物ではございません。

ミス・マープルの目がくらむ女子力

ディルマスでのミス・マープル嬢の行動。

古風ないいお店だわ」彼女はひとりごとを言った。「それにこのチョッキはほんとにすてき。だからぜんぜんお金のむだ遣いはしなかったみたいだわ」

隣の服飾品の店で聞き込みして空振り。

ストークレッグ印の毛糸を少し多めに購入したあととなりの店に聞き込みします。

そこで重要なヒントを手にいれついでにチョッキを購入した際のミス・マープルのセリフです。

必要経費が出ないですからね。

年金と甥のお小遣いの中から探偵やってるんですから。手ぶらで店から出ないところが奥ゆかしいです。

真の女子です。

また今回の作品では総じて男性にたいして容赦なくえがかれています。

ミス・マープルとグェンダには亭主のジャイルズのカンの悪さに、「そこには男をのけものにしたあの女同士の暗黙の友情にのみ許された信頼感があった」とか思われるし、お母さんの甘やかしっこだの(このお母さんは会話が一方通行タイプの女性です)グェンダは結婚できないタイプの男にマジそう言い切り評価を下すし。

もう男たちは散々な書かれようです。

立ち直れませんな。

「スリーピング・マーダー」のまとめ

むかしショッピングバッグレディに潜入したジャーナリストの本をチラッと読んだ記憶があります。

ショッピングバッグレディとはいわゆるホームレスの女性なのですが孤独に見える彼女たちにはゆるやかなネットワークがあると書かれていました。

「スリーピング・マーダー」を読んでミス・マープルのネットワークを考えたらそれを思い起こしました。

ムカシは手紙のやりとりでもゆっくりとした時間のなかで気持ちのやりとりがあったのですね。

今はLINEやメールですがこれはカンタンに切れますからね。

もちろんこれらの開発過程では切れるメリットよりつながるメリットにフォーカスしていたのでしょうけど。

普通の人は切れるのはデメリットな世界にいましたから。

でも切れるのがメリットであるのも真理です。少し淋しいですが。

一期一会を大切にしなければいけないですね。現代は本当に一期一会ですから。

アガサ・クリスティからはいろいろ学ばせてもらえます。

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