アガサ・クリスティの存命中、出版されなかった作品群10篇。なかでも謎のクィン氏の「クィン氏のティー・セット」は幻の作品として待ち望んでいたファンの方もおおかったのではないでしょうか。その他、ポワロ物2編(うちバクダットの大櫃は短編集黄色いアイリスと重複。クリスマスの冒険はのち、中編クリスマス・プディングの冒険となります)を含んだ短編集です。1997年。
夢の家
いわゆる「House on the hill」(丘の上の家)のストーリーと言える、もしくは言えなくもない作品です。
あいかわらず歯切れの悪い感想ですね。
でも通常アメリカの小説に多いのではないかと思えるタイプの作品ですが、こちら、ハウス・オブ・ドリームですから。
デボン州近辺、ダートムア近辺の作家の作品ですから。
1926年作品。
名演技
あとがきにも書かれていますが、「白昼の悪魔」(1941年)、戯曲「ねずみとり」(1952年)のタイプの作品です。
「三幕の殺人」(1935年)も含めてもいいかもしれませんね。
1923年作品。
崖っぷち
クリスティが失踪する直前に執筆された作品のようです。
アガサ・クリスティ作品というより、メアリ・ウェストマコット作品に近い作品です。
メアリ・ウエストマコット名義の長編の「愛の重さ」(1956年)と「暗い抱擁」(1947年)が思い浮かびました。
人生で起こりがちなイベントの解釈を当事者がどう為すかというありがちではあるけれど、因果を生むストーリーとなっています。
人生はいつもドラマをはらんでいるように見えて崖っぷちにいるようにも見えますね。
腹が空いただけで崖っぷちです。
1927年作品。
クリスマスの冒険
短編集「クリスマス・プディングの冒険」(1960年)に収録されたタイトル作品の短編です。
内容はほぼ同じです。
ミンス:ミートパイ、プラム・プディング、ターキー。
そしてプディングに混ぜ込むイロイロなモノ(6ペンス貨とか指輪とか、スカですね)
こちらにもメイドのグラディス嬢が登場です。今回、キッチンメイドです。
そういえば、以前「キッチンメイドレミー」という当時(第一次大戦前くらいの英国の貴族と使用人の生活)を調べまくったスゴイ少女コミックがありました。
クリスティが好きな方は気に入るかもしれません。
ジビエ、マルカッサンとかナントカ。
そのコミックのシェフはフランス人だったはずです。
1923年作品。
孤独の神さま
大英博物館が登場します。
もちろん文無しのコリン・ウイルソンが引きこもって「アウトサイダー」を書くはるか以前の大英博物館です。
道祖神のような異教のちいさい神さまがひっそりと活躍です。
いい仕事をします。
クリスティは感傷的に過ぎると思ったようですが、この作品はクリスティが若いころの作品ですからね。
いい加減、人生に疲れた時にオッサンは救われます。
こちらもメアリ・ウエストマコットのテイストの作品です。
1926年作品。
マン島の黄金
表題作、マン島の冒険です。
マン島TTレースで有名なタックスヘヴンの島です。
もちろん、ホンダやスズキが参戦する前です。
当時すでにモーターサイクルレースで有名でした。
が、それだけでは観光が弱いと。
現在の日本のようにインバウンドの経済効果を見込んだのでしょうか。
わかりませんが、先に宝探しがマン島の観光イベントとして企画されました。
そこで白羽の矢が立ったのがアガサ・クリスティです。
この作品は新聞に回数を分けて掲載され、マン島ではパンフとしてゲストハウスやホテルで配布されたようです。
現在ならジオ・キャッシング状態になってしまうのでしょうか。趣がふっとんでしまいますので、そうはならないでしょうね。
この作品での従兄妹ペア、ジュアンとフェネラはトミーとタペンスシリーズのベレズフォード夫妻「秘密機関」(1922年)、「なぜエヴァンズに頼んだのか?」(1934年)のニートの先駆けボビィと伯爵令嬢フランキーのコンビを彷彿とさせます。
が、残念なことに現実、ワタシにはこのような駆け回る宝探しは無理です。
シクシク。
いや、夢も希望もない感想ですな。
1930年作品。
壁の中
暗喩的な作品です。
非常に曖昧な作品世界で展開するはっきりした情念の作品というべきでしょうか。
何度も読み返してみるとコワい作品ですね。
この短編集でのクリスティ象を暗示するような作品です。
1925年作品。
バクダッドの大櫃の謎
「黄色いアイリス」(1939年)に収められている作品です。
また「クリスマス・プディングの冒険」(1960年)に収録されている「スペイン櫃の秘密」になってもいます。
なんでこんなに。謎です。
1939年作品。
光が消えぬかぎり
桂冠詩人(王室御用達詩人)テニスンのイノック・アーデンから哀れな傷痍軍人の名称がとられています。
人生はシュレディンガーの猫と同じで観測されるまで決定されていません。
孫子や旧帝国陸軍では「兵は拙速を尊び遅疑逡巡を嫌う」とありますが「人生はさっそくすっころびすっかりダメにする」です。慌ててはいけません。
合掌。
メアリ・ウエストマコットとアガサ・クリスティを合わせたような作品です。
1924年作品。
クィン氏のティー・セット
サタースウェイト氏です。
マン島以来、ようやく生気のある人物にこの短編集で出会えました。
あいかわらずの人物です。安心です。
新車に乗っていますが故障の多い英国車です。当然故障します。
そのおり、遂に彼が会うのを切望していた人物が小径をやってくるのです。
ハーリ・クィン氏です。犬を連れています。
そしてその彼はまた小径を通って彼の黄昏の世界に戻っていきます。
よかったね!また会う日まで
御機嫌よう。 H.Q
サタースウェイト氏にこの紙切れを残し去っていくのです。
また会えるということです。
「マン島の黄金」のまとめ
かなり強引にユング風にいうとクリスティ世界のアーキタイプ(元型)ともいえる作品集です。
キャラクター性はクィン氏たちを除くとポワロの存在感ですら、薄まっているように感じます。
どちらかというと、メアリ・ウエストマコット名義の、世界の深淵が描かれた作品群に近いと言えなくもありません。
なんせ、ワタシは最後のクィン氏が出てきてようやくこの世に戻ったかと感じたくらい、のあの世性が高いと感じたくらいですから。
まー、サタースウェイト氏はあいかわらず、バリバリ俗っ気の強い趣味人ですけど。
でも、彼のエネルギーはコンビニの明かりを維持できるくらいにはチカラがあります。
冒頭で彼が登場すると、この短編集では、深夜に田舎道でコンビニを見つけたようにホッとします。
ワタシのような読者には安心のホスピタリティを提供された気分です。深夜の田舎のコンビニの光に。
ま、サタースウェイト氏も店に入って灰皿くらいしか買おうと思わないタイプらしいですけど。
アガサ・クリスティの幽玄ともいえる世界観が垣間見える短編集です。