鳩のなかの猫 CAT AMONG THE PIGEONS アガサ・クリスティ 橋本 福夫 訳

イギリスの名門女子高メドウバンクを舞台にイラクのクーデターからインスパイアされた1959年の作品です。新人体育教師の射殺体、国外に持ち出された宝石、学校経営そして諜報機関の暗躍とサスペンスフルなミステリです。引退状態のポワロは依頼人の叔母のオムレツの縁で出動です。

「鳩のなかの猫」のあらすじ

中東の国でクーデターが勃発します。王子は国宝級の宝石を懇意のイギリス人飛行士ボッブに託し脱出を試みますが、ボッブともに山中で墜落死。

しかしボッブはおりから滞在中の姉の荷物に宝石を忍ばせていました。

イギリスの名門女子高メドウバンクには様々な国籍の少女達が在籍しています。帰国したボッブの姪も入学することに。

生徒のなかにはくだんの中東の王女もいました。新年度を迎え教師の顔ぶれも変わっています。

そしてその中の新任体育教師が射殺体で体育館で発見され事件は展開していきます。

名門女子高での政府の情報局が絡んだサスペンス風味のミステリです。まったくなんの関係もない殺人事件が失われた宝石とどのようにかかわっていくのでしょうか。

冒頭イギリス側で大使館職員、謎の人物、諜報機関の男性などいろいろワクワクする人々が登場します。

またこれからの学校経営を時代に即して運営してくれる人物を選定するクリスティを思わせる学校長など複合的な構成になっています。

「鳩のなかの猫」時代背景

時代背景は「無実はさいなむ」(58年)と「蒼ざめた馬」(60年)をご覧ください。現在展開している文化の黎明期といっていい時代です。

クーデターはイラクの革命をモデルにしています。イラクはクリスティには縁の深い「メソポタミアの殺人」の国です。

かつての災難とオムレツ

「鳩のなかの猫」では7年前ポワロが死刑囚を冤罪から救い出した「マギンティ夫人は死んだ」(51年)で下宿したロング・メドウズのモーリィ・サマーヘイズ夫人の話題が出てきます。

彼女は「ホロー荘の殺人」(46年)で登場するルーシー・アンカテルを彷彿させる人物でロング・メドウズ滞在中、美食家で潔癖なポワロは彼女に閉口しつづけます。

その年のメドウバンク校にはそのサマーへイズ夫人のゆかりの少女ジュリア・アップジョンが入校していました。

ジュリアは戦時中諜報員だった母親ゆずりの聡明さを発揮し事件解決の依頼のため学校を抜け出しポワロのもとを訪れます。

そのさいジュリアはポワロの能力を叔母さんであるサマーヘイズ夫人から聞いていると話します。

ポワロは誰もが確定したと思っていた死刑囚を救い出すほどの探偵であるのだと。その後事件の詳細を聞き終わっておもむろにポワロはジュリアに尋ねます。

ところで叔母さんの料理はどうだったろうかと。

ジュリアは少し風変わりな料理だったと答えますが、オムレツはサイコーだったと付け加えます。

たぶんそれが決め手でポワロはこの事件の介入を決めます。

なぜならあんまりひどい料理ばかり出すサマーヘイズ夫人にオムレツの作り方を伝授したのはポワロだったからです。

また「マギンティ夫人は死んだ」(51年)ではほぼ誰もポワロが高名な探偵だとは知りません。それはポワロが憤慨を通り越して諦めるくらいです。

下宿先の当時のサマーヘイズ夫人もポワロのことはパーマ用品の名前と似ているから理容師だと決め付けるくらいの知名度です。

しかしそれから7年経過した今回の「鳩のなかの猫」ではポワロの高名さは少女であるジュリアにしっかり伝わっていました。学校を抜け出したジュリアはポワロのアパートへまっすぐ向かいます。

ルビーと聖書

王子の遺産でもある宝石はイギリスで婚姻関係にある女性に届けられます。その女性はすべての宝石を売却し手元に思い出として残さない決定をします。

なぜならそれよりもよい思い出が王子との間にはあるからだと答えます。彼女にはイスラム教徒である王子は聖書の朗読を許してくれ、そしてその価値は夫にとってルビーに勝る女と書かれたくだりをふたりで読んだ思い出があったのです。

この聖書のくだりはおそらく箴言の部分だと思いますが、わたしが日曜日に救世軍で賛美歌を歌っていたのははるかムカシになるため定かではありません。(調べたらやはり箴言集の31節らしいです)

ふたりの関係が伝わる良い逸話です。宝石を届けにきた謎の人物ロビンスン氏は彼女は珍しい女性だと呟きつつ去っていきます。

珍しいのはアンタもだよとツッコミが入りそうなロビンスン氏はクリスティの作品をキャラをまたいで登場します。ミス・マープルの「バートラム・ホテルにて」(65年)、クリスティの八十歳記念作品「フランクフルトへの乗客」(70年)にも出てきます。

「鳩のなかの猫」まとめ

物語の最後に宝石を発見した聡明なJC、ジュリア・アップジョンに分け前はあたるのか不安でしたが、紳士淑女の国イギリスでは杞憂でした。彼女にはエメラルドが贈られました。

また、容貌にコンプレックスを抱きそれでも女性としての幸せを望んだアイリーン・リッチ先生の心情を汲み取っている校長先生は錬れた人物です。

バルストロード校長先生は一見では教条的に見えてそうじゃありませんでした。ホッとしました。そうでなきゃね。

手元のハヤカワミステリ文庫では訳者の橋本福夫氏があとがきを書いています。まったく同意のあとがきでした。

この「鳩のなかの猫」にはクリスティの少女性、冒険心が一杯詰まっています。

アガサ・クリスティを読むと元気が出ますね。世の中は信じるに値いします。

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