火曜クラブ。ミス・マープルと13の謎です。ミス・マープルは登場するなり非凡な冴えを発揮。場の雰囲気を一瞬で書き換えてしまう推理力は初っ端からフル稼働です。全世界をセント・メアリ・ミードの出来事に置き換え、編み物しながら解決する事件は前警視総監のクリザリング卿をもってして容易ならざるものばかり。ミス・マープルが一番の謎です。1932年。
この短編集ではのちにミス・マープルがかかわる事件の主要人物が複数登場します。まず、ヘンリー・クリザリング卿。こちらはミス・マープルの後ろ盾です。
そして「書斎の死体」(1942年)「鏡は横にひび割れて」と(1962年)登場するドリー・バントリーと夫であるバントリー大佐。
親友、ドリーは後期高齢者になっても元気いっぱいです。「書斎の死体」事件では推理に興味津々ですが、夫であるバントリー大佐の名誉を案じている賢妻でもあります。
舞台となるゴシントン・ホールは売りに出され次の事件「鏡は横にひび割れて」で再登場です。この時、1962年。すでに近代化の波はセント・メアリ・ミードに押し寄せ農村の風景は一変し、住宅街の面持ちに変貌を遂げています。
描写からすると日本より早いのではないでしょうか。
ちなみに夫であるバントリー大佐は「書斎の死体」では容疑者で「鏡は横にひび割れて」では故人で登場です。ミス・マープルの世界では古い世代の旦那はそんな扱いです。でもないか。
そして甥のレイモンドです。レイモンド・ウエスト。職業作家。
けっこう軽いノリですがオバサン思いのいい男です。彼は常にミス・マープルのことを気遣っています。
彼が今回の謎解きを提案します。この人が世に送り出した作品の最高傑作が彼のおばさん、ミス・マープルです。
もちろん、んなこと本人考えちゃいませんが。
後半では奥さんジョーンとともに気遣い、「鏡は横にひび割れて」で(押し付けがましい家政婦のせいで?)体調不調気味のミス・マープルをカリブ海へと送り出し(「カリブ海の秘密」(1964年))、さらにロンドン、バートラム・ホテル(「バートラム・ホテルにて」(1965年))でのミス・マープルの青春回帰の夢を実現させます。
オバサンであるミス・マープルはその頃には元気いっぱいに回復して、最終高難度ミステリともいえる「復讐の女神」(1971年)でカリブ海で出会ったソウルメイトともいうべき大富豪ラフィール氏の依頼を全面解決し二万ポンドを手に入れます。
すべてはこの短編集から始まります。
一話目 「火曜クラブ」
当時の食生活と風俗がわかります。というか今と同じです。食べ物が「トライフル」、えびの缶詰、コーン・スターチが煮ることができない最近の娘は云々とでてきます。
このコーン・スターチを煮てつくるシロモノは片栗粉をお湯でといて作るアレみたいなものですか。アレ。くず湯みたいなアレ。
おやつがないとき、母が砂糖とまぜて作ってくれて一口でやめて逆鱗に触れたアレ。まあ、おやつといってもアルファベットのビスケットくらいでしたが。もう、あまり食べたくありませんがクックパッドでは密かに人気があるようです。
二話目「アシタルテの祠」
ドルイドだのフェニキア(カルタゴ)だの出てきます。アシタルテとはイシュタールという古代シリア人の祭った生産と豊穣の女神だそうです。イギリスは色々ありますな。
というか、やはりクリスティが生まれ育った地域が反映しているのでしょう。ドルイド・ベルが鳴り響くようなおはなしです。
三話目「金塊事件」
レイモンドが語るコーンウォールの話です。が、いともあっさり彼のオバサンが編み物の目を数えながら解いてしまいます。聖霊降臨祭がキーワードです。これは五月の移動祝祭日なんでしょうか。五旬祭ともいうらしいです。移動祝祭日。ヘミングウェイです。
四話目「歩道の血痕」
また、コーンウォールのおどろおどろしいおはなしですが、「白昼の悪魔」(1941年)のような短編です。「白昼の悪魔」もおどろおどろしい話の作りですが、内実はそれを悪用したロクデナシのお話でした。でも夢幻を味わえるミステリです。今回レイモンド氏は「よくうまくオバサン推理を当てるね」と不思議がっています。彼はオバサンを大変あなどっています。
五話目「動機対動機」
降霊術というか心霊術の舞台設定です。エドガー・ポーツネルが登場してそうなハナシですがそんなことはありません。レイモンド氏、むかっ腹を立てます。
六話目「聖ペテロの指のあと」
ミス・マープルが語ります。当然、セント・メアリ・ミードが都会に負けず劣らずいかに闇に包まれた世界であるかについて。ここでサー・ヘンリー・クリザリング卿がミス・マープルの力に瞠目します。ことばをどういう使い方をしたかが問題になります。レイモンド氏はまだ抵抗します。自分のオバサンを認めなさいよ、です。
七話目「青いゼラニウム」
バントリー夫妻登場です。去年会ったミス・マープルの推理力をサー・ヘンリーが夫妻に伝えるとミス・マープルは有名人だと同じ上流階級で友人でもある元警視総監に告げます。が、まさかそこまで凄いとは、と思っています。ドリーでさえ。ただの老嬢であると。
もちろん違います。そうだけど違います。
八話目「二人の老嬢」
ミス・マープルにいわせるとあんまり良い人ではないトラウトおばあさんのような話です。ある意味サイコパスのお話ですし、隠したつもりでもどこで誰に会うかわからないというお話です。訳者の方は「杉の柩」(1940年)に似ていると書かれています。こちらはポワロ氏のミステリですが非常に美しい話です。一読をオススメします。
九話目「四人の容疑者」
ヘンリー・クリザリング卿が語る話です。
無実の重要性の話でもあり、ミス・マープルが姉と一緒に当時としては高い教養を受けたと語る話でもあります。ドイツ人家庭教師をつけてもらい花言葉をならったそうです。ミス・マープルはイタリアの寄宿舎でも学んでいます。その時の同窓を助けに乗り込む話が「魔術の殺人」(1952年)です。この長編はヴィクトリア朝の女学生の厚い友情の話ですが、この短編は少し淡くはかないおはなしです。クリザリング卿は完全にミス・マープルを認めます。
十話目「クリスマスの悲劇」
女性が話を語っていないと抗議がありミス・マープルがきっぱり結末を語ります。水療院のはなしなのでオンドルみたいなものかと思っていたら違うようですね。
鉱泉のプールのような場所らしいです。きっぱり言えず、すいません。
十一話目「毒草」
B夫人と揶揄されてドリーが語ります。嫌がるのでシェーラザード姫と言われてます。どっちも揶揄に変わりはありません。もはや少年少女の世界です。ロマンチックです。S・A(エス・エー)です。セックス・アピールのことです。ミス・マープルが言います。まったくロマンチックです。
そう言えばムカシ、母があの人は「エス」だね、とか言っていましたな。サディストの意味じゃないです。昭和20年代にそういう言葉があったようです。もはや失われてしまいました。
老いらくの恋の悲劇ともいえますか。たしかに間違えると毒です。
十二話目「バンガロー事件」
よくある学生の飲み会での話みたいです。俺の友達にバカな奴がいてよー、とか言って飲み会の二次会でソイツが話す話はたいがい自分の話だそうです。ムカシ友人から聞きました。シクシク。だとしたら悲しすぎますね。
サマセット・モームが出てきます。
ああ、あの時ミス・マープルがいなくてよかった。
十三話目「溺死」
クリザリング卿にミス・マープルがメルチェット大佐の話をします。クリザリング卿も動きます。いろいろ彼も気を使います。部下だろうに。
ミス・マープルが本物であることを彼女自ら証明して度肝を抜きます。
「火曜クラブ」のまとめ
クリスティが短編作家としても卓越しているのが大変良くわかるというか凄い作家であるのが良くわかる作品群です。
とにかく人生が楽しくなる作品ばかりです。
若くてもトシをとっていても男性でも女性でも。誰でも。
その世界を味わえます。
しかし特筆すべきはやはり当時の古き良き英国の時代の香りがする作品であることでしょう。クリスティが風俗をとらえてタイムリーに流行を取り入れつつ移りいく世界を描いてくれなければこの絶妙な芳香は漂わなかったでしょう。
うーむ。ウエッジウッドのカップは必要なかったか。