南米からヘイスティングズ大尉が帰ってきています。ポワロ、ヘイスティングズ、ジャップのトリオが織り成すミステリ。1933年のロンドンの舞台女優をめぐる離婚話から事態は思わぬ殺人事件へと発展します。古き良きイギリスが香るミステリです。どこか舞台芝居のようです。
「エッジウェア卿の死」のあらすじ
ある年の6月、南米から一時帰国中のヘイスティングズとポワロは舞台を観に訪れました。そこでポワロは元女優だったジェーン・ウィルキンソンから相談をもちかけられます。
それは偏屈な夫、エッジウェア卿との結婚生活の解消、つまり離婚相談です。卿は前妻とも強硬に離婚を拒み前妻は悲劇的な結末を迎えていました。
一度は民事は専門外だと断ったポワロですがエッジウェア卿の性格に興味を持ちます。
そして承諾。その後、ヘイスティングズは驚くハメになりました。単なる社交辞令だと思っていた予想とは異なりポワロは実際に交渉にあたるため卿にアポイントメントをとっていたのです。
エッジウェア卿宅へ赴いたポワロとヘイスティングズは卿から意外な事実を知らされます。ジェーンとの離婚は承諾しておりすでに書状を送ったというのです。
ポワロとへイスティングズはジェーンにその旨を報告しそれを知らされたジェーンも喜びますが・・・。
サディスティックなディレッタント、エッジウェア卿。彼はその趣味を匂わせるだけですぐ被害者として再登場です。事件が日本ならまずプロの仕業です。おそらく仕掛人の仕業でしょう。
再登場した時の彼はまるで藤枝梅安に盆のクボを突かれたような美麗な死体となっています。趣味人としては本望でしょう。ポワロもなんとなく仕掛人の元締め音羽の半衛門に似ていなくもありません。
しかしここはイギリスで30年代です。それでもやっぱり「芸術家として不足ない事件ですな」とか言われています。故人の深い人徳が偲ばれます。
エッジウェア卿はいつヤラレても不思議ではないキャラです。事件は一見謎は謎を呼ぶかのように思えます。被害者は卿以外に複数人になっていきます。
が、ミステリとしてはオーソドックスに楽しめる良品です。芝居が得意の登場人物ばかりです。皆さん職業が役者ですので。しかしもちろんポワロの方が役者が一枚上手です。
「エッジウェア卿の死」の時代背景
「邪悪の家」(32年)と「オリエント急行の殺人」(34年)の間の事件です。時代背景は「パーカーパイン登場」(34年)も参考にしてください。
大恐慌真っ只中です。アメリカ人女優ジェーン・ウィルキンソンもぶらぶらしている余裕はありません。イギリス人俳優はもっとですが。
国家社会主義ドイツ労働者党、ナチスが始動します。ヨーロッパの外交術は評価されていますがクリスティを読み進めていく限り「術」は評価されるかも知れませんがセンスはよろしくありません。
アメリカの方がまだナンボかマシです。もちろん国力の差がありますが。
さらにひょっとすると東洋の島国である我が国の方が「国家百年の大計」とか大げさに聞こえますがうまくやっているのかもしれません。
いや、政治家というより国民性が国家という形態に適しているだけなのかもですが。
もちろん我が国の来し方行く末がどうなのかまだまだ評価を下すのは早計です。この頃は政府が農村の女子の身売りをスムーズに進めるため指導していました。これは写真でも現存しています。
国がやることがすべて正しいわけではありません。わかりきったことですがわたしたちは歴史から学ばなければいけません。
三人のオトコたち
この「エッジウェア卿の死」はいつもの三人がそれぞれ振る舞います。いつものとおりです。
ヘイステイングズ大尉
ポワロがジェーン・ウィルキンソンと離婚相談のためエッジウェア卿と面談しようと約束したとき「酔った勢いでテキトーな約束しちゃったな、ポワロは。年取ったもんだ。やれやれ」と全然名探偵だとリスペクトしていません。
普段は前作の「邪悪の家」(32年)からそのままのように見えます。つまり険悪です。もちろんポワロは歯牙にもかけていませんが。
それでもかなりポワロとの関係は穏やかになっています。ジャップ警部のことはあいかわらずこころよく思っていません。
むしろキライなようです。女性関係以外では迷ってばかりで繊細すぎです。クリスティが南米に左遷させるわけです。
ポワロ
今回アイドリングの時間が長いです。いやいつもかもしれませんが。その分読者にはヒントが多数供されます。
後半は灰色の脳細胞がフル回転で追い込みをかけます。わたしは一気に引き離されました。
そしてなぜかヘイスティングズに「君を頼りにしている」とか「わが愛するヘイスティングズ、ぼくは君が好きだよ」とか言い出します。
どうしたポワロ、体の具合が悪いのか。前作とエライ違いだよ、と思わず心配になります。トシをとって弱気になったわけじゃないだろうとは思いましたが。
最後に余裕のいやがらせでひっかけようとした人物に報復します。気のせいだったようです。こちらは発達障害気味の天才です。
ジャップ警部
はい、問題の方です。たとえいつも袋小路につきあたるとしても捜査には励むのでいわゆる不良警官の隠語、ゴンゾウではありません。しかし。
「よ、雌鳥はまだ四角いタマゴは生まないですか」と会って早々、ポワロの発達障害気味とも思えるシンメトリーへのこだわりに対する揶揄をぶっ放します。
またポワロに相談に来ておきながら「彼はパリにいたんだ。バカなこと言うんじゃないよ」とばかりに笑いながら出て行ったり、さらにこの後、ヘイスティングズに「チビ先生は外出中ですか」とか言いながら登場します。
しかもポワロの様子を心配しているヘイスティングズに自分の額をたたいて「ついにここをヤラレタんだよ」と断言気味に語りだします。
一見心配しているようですが。いや、アナタ。それは言いすぎでしょ。
この方も人格に多数の問題を抱えています。
てか、一番問題を抱えています。スコットランドヤードで上級警官にまでなれるかどうか。クリスティ作品で後半スペンス警視にその座を譲るのも仕方がありません。
せめてバトル警視の十分の一の人間性があれば。これが主役を張れるキャラとワキ役の差ですね。この人は性格が安定しないようで気分の上下が激しいかもです。将来的にヤバイかもです。
「エッジウェア卿の死」のまとめ
三人のそれぞれ普通ではない男が事件を追いつめていきます。ポワロは最後に閃いたのはいいのですが、道路の真ん中で閃いて轢かれそうになります。
まだクルマが少ない時代でよかったです。いやもう多かったんでしょうか。だとしたら迷惑ですね。
この男たちが追いつめる犯人はまったく彼らよりさらにキテル人物です。いいキャラ、濃いキャラが多数登場します。だいたい被害者が自他ともに認める(?)倒錯した嗜好の持ち主ですからね。
この作品も進駐軍の残したペーパーバックで戦後の日本のミステリ作家に影響を与えただろうな、と感じさせます。
日本ならもっと湿度の高い作品になっていたでしょう。しかしクリスティ作品は女性的な品の良さが漂います。やはりヴィクトリア朝ですか。
ジョン・スチュアート・ミルや老子も出てきます。珍しく日本の版画とかも出てきます。あんまりクリスティ作品には良いイメージの日本製品は出てこないのですが。
ストレートに面白いミステリです。オススメします。