1951年、1961年出版。アガサ・クリスティの推理小説です。王道の短編集です。ポワロ、ミス・マープル、そして一編の幻想小説です。13篇。推理短編小説そのものズバリと言っていいのではないでしょうか。長編が苦手だなと感じる方におススメです。やはりクリスティは長編、短編問わずの全天候型の作家とわかります。ポワロの想い人、ヴェラ・ロサコフ伯爵夫人初登場です。
表題作「教会で死んだ男」はミス・マープルの作品です。
その他は怪奇的短編「洋裁店の人形」を除きポワロの作品で構成されています。
うち、盟友ヘイスティングズ君は11編目「スズメ蜂の巣」を除き、登場です。
本作品集「教会で死んだ男」は一般的なアガサ・クリスティのイメージ通りの推理小説集と言えるでしょう。
この短編集は推理小説として以外にイロイロ面白い作品集です。
戦勝記念舞踏会事件
ヘイスティングズが自身のソンムの戦いについて語っています。おそらく初期の作品ではないでしょうか。
第一次世界大戦のソンムでの戦いは酸鼻を極めた消耗戦です。よくヘイスティングズは生き残りました。
で、ポワロとアパートで同居しています。
そこにジャップ警部が登場。物語が始まります。
潜水艦の設計図
この作品も戦争がらみです。
Z型潜水艦の設計図が盗まれます。
Z型。
クリスティのZ型といえば、ZE核分裂をめぐる「死への旅」(1954年、1955年)が思い起こされますが、まあ関係ないか。
余談ですが、この長編にはポワロもミス・マープルも出てきません。
が、タフな自殺願望のある女性がエージェントとしてスカウトされ、大活躍します。
この短編「潜水艦の設計図」では微妙に当時の緊迫した国際情勢がうかがえます。
クラブのキング
短編集「ポアロ登場」(1923年)での一編、<西部の星>盗難事件で言及されるヴァレリー・セントクレア嬢が登場します。
フランス窓がキーワードです。
フランス窓とはバルコニーやテラスに通じるドアみたいになった窓みたいなドアです。
萩尾望都先生のポーの一族に出てきたでしょうか。
マーケット・ペイジングの怪事件
田舎に遊びに行ったポワロ、ヘイスティングズ、ジャップ警部の三人組がベーコンエッグを食べてご機嫌な時に事件への協力依頼があります。
被害者がややこしい死に方をしています。
二重の手がかり
宝石が盗まれる事件です。
が、この短編集「教会で死んだ男」でポワロ作品ではもっとも重要な短編かもしれません。
この短編「二重の手がかり」で名探偵エルキュール・ポワロが初めてヴェラ・ロサコフ伯爵夫人と出会います。
この後、この御夫人はポワロの想い人として様々なシーンで脳裏に登場します。もちろんストーリーにも登場します。
ポワロの女性の趣味はわかりません。大きなお世話ですか。
呪われた相続人
タタリだと思われた事件です。
湿度の高い日本で起きたらおどろおどろしい事件です。
横溝正史先生ならどんな風にしたでしょうか。
コーンウォールの毒殺事件
ポワロがハッタリで犯人を暴く事件です。
クリスティは女性を良く知っていると感じる作品です。
プリマス行きの急行列車
列車の中で女性が殺されていた事件です。
ジャップ警部はポワロを小馬鹿したような態度だし、ポワロもまたジャップ警部を怒らせたようです。
この方々の人間関係は破たんしないのでしょうか。それともすでに破たんしているのでしょうか。
炊事婦の失踪
この「教会で死んだ男」の中でもっとも謎を含んだ短編です。
冒頭、クリスティ作品ではよくある自殺方法、ガスオーブンに頭を突っ込んで男が自殺している描写が書かれています。ヘイスティングズが読んでいる新聞記事ですが。
で本作品で登場する依頼者は上から目線でいかに奉公人を優遇しているか語ります。
週に一度は午後から夜中まで仕事を休める。日曜日は交代で休暇がとれる。洗濯はクリーニング屋に出している。マーガリンじゃなく上等なバターを使った食事をしている。
だから失業手当をやめろ。奉公人がタイピストとかになってしまうじゃないか。
素晴らしいブラッキーな勤め先です。あ、奉公先か。じゃ、ブラッキーでいいのか。
で、最大の謎、桃のシチューです。
ピーチのシチューです。
イメージできませんでした。
ムカシ、リチャード・バックの「イリュージョン」を読んだとき、ホットピーチという桃の缶詰を温めたものが出てきたのですが、そのシーンの桃よりもイメージ出来ません。
ポワロが最後に言うように怪事件です。ワタシにとって。桃のシチューは。
食べてみたい…。
二重の罪
ポワロはバスはキライなようです。ワタシもですが。
嫌がるポワロとヘイスティングズはバスに乗り、目的地を目指します。
苦手なバスなのにポワロは若い女性と道中を楽しんでいるようです。
ヘイスティングズはとび色の髪の女性に弱いようです。
ポワロは「脳が弱い」とか美人にも容赦のない批評をしています。
スズメ蜂の巣
スズメ蜂の駆除に青酸です。
人生はポワロに清算されます。その結果はプラスになってたといっていいでしょう。
洋裁店の人形
この短編のみ、ミステリではありません。
怪奇幻想小説です。
それだけではなく時代の雰囲気がイケてます。
教会で死んだ男
本作品集のタイトルにもなっている、唯一のミス・マープルの短編です。
ミス・マープルものらしく田舎の教会で男が死にます。
でもその村はセント・メアリ・ミードではありません。
チッピング・クレグホーンという一日にバス四台しか通じていない村です。ちなみに村人は皆、ギャゼットという地方紙を読んでいます。
この村は「予告殺人」(1950年)で有名になった村でもあります。
この時、この作品ではミス・マープルはセント・メアリ・ミードにはいません。
甥のレイモンドのアパートで二週間、のんびりロンドンでの生活を楽しもうとしているところでした。
そこに相談者のハーモン夫人、通称バンチが訪れます。彼女の名づけ親がミス・マープルなのです。
彼女は「予告殺人」(1950年)の登場人物でもあります。
で、尾行されていないか警戒して二人はロンドンで買い物です。ステーキを食べ、キドニープディングを食べ、アップルパイを食べ、プリンを食べます。
食べ過ぎです。
そしてミス・マープルは「J」の文字が入ったダサいタオルを買います。戦前の品のようだとか言いながら。ツレのバンチはガラス器用のふきんを購入します。
ここら、ちょっと「バートラム・ホテルにて」(1965年)っぽいですね。
で、グラディスというミス・マープルに行儀作法を仕込まれた女性が登場します。彼女は「ポケットにライ麦を」(1953年)で被害者になる少女を同じ名前です。
こちらの短編ではお元気なご様子です。同一人物かはわかりませんが。
で、先ほどの「予告殺人」(1950年)でも登場したクラドック警部がお出ましです。
このお方は「パディントン発4時50分」(1957年)、「鏡は横にひび割れて」(1962年)にも登場します。
後味の良い短編です。
男は死に場所を選ぶべきですね。
「教会で死んだ男」のまとめ
ポワロの作品が多いのにタイトルは唯一のミス・マープルの作品からとられている短編集です。
「教会で死んだ男」は有名作品との関わりが強い短編ですからね。
ポワロの方はヴェラ・ロサコフ伯爵夫人です。こちらもまたイロイロ関わりが強い方ですけど。
本短編集でもページをめくるたび、クリスティは偉大な作家だと感じずにはいられません。
長短問わず、よくこんなミステリを書けたものですね。
生まれ変わったらクリスティの作品の中で生まれ変わりたいくらいです。
でも、ワタシなら被害者かしら。