「チムニーズ館の秘密」の事件から四年後1929年です。ふたたびチムニーズ館に事件が発生します。今回のヒロインは危険人物アイリーン・ブレント、バンドル嬢です。まわりの男たちを軽々と手玉に取りアタマを抱える父親を尻目にドンドン進みます。それはロンドン警視庁のバトルの予想を上回りました。
「七つの時計殺人事件」のあらすじ
チムニーズ館の所有者ケイタラム卿は実業家サー・オズワルド・クヌートに二年契約で貸していました。サー・オズワルドはいわゆる成金です。
そのチムニーズ館で四年前の事件の記憶を呼び覚ます事件が発生します。若い泊り客が睡眠薬で事故死するのです。
寝過ごしがちな被害者をからかうために友人たちは事件の日に目覚まし時計を購入していました。その数は八個。すべてベッドの下に置いたはずでした。
しかし冷たくなった被害者が発見されたとき時計はなぜか七個に減っていて置かれている場所もマントルピースの上に整然と並べられていました。
邸宅に戻ってきたケイタラム卿と娘のバンドルことアイリーンは四年前の事件を思い起こします。
問題女子アイリーン・ブレント、バンドル登場です。
わしを困らせるために屋敷で死ぬ無分別な連中は好かないと憤慨する父親に「ひとはいつか死ぬもんだわ」とか言っておきながら死んだのが自分の部屋だと知ると「なんでわたしのお部屋で死ぬのよ」とさっそく忌憚のないお悔やみを述べます。
貴族たるものかくあるべし。
なんにもやりたくない父親を放置して自分の部屋で見つけた被害者が前日書いたとおぼしき手紙の不審な点を独自の捜査で探り出そうと試みます。
「ただ居心地がいいだけじゃ、物足りないわ」「あたしは興奮が欲しいの」
この女性はあいかわらずです。危険が好物でクルマをかっ飛ばしてます。
そしてひとをはねます。
しかしその人物はすでにライフルで撃たれたあとでした。
それでもお嬢さん、前方不注意ですよ。
この作品ではバンドル、ケイタラム卿、ジョージ・ロマックス、ビル・エヴァスレー、そしてバトル警視が「チムニーズ館の秘密」に引きつづき登場します。
あと本作品は新潮文庫版での感想です。
「七つの時計殺人事件」の時代背景
1929年。昭和四年です。いうまでもなく世界大恐慌の年です。
「青列車の秘密」(28年)「謎のクィン氏」(30年)「牧師館の殺人」(30年)を合わせてご覧ください。
28年までのアメリカのバブルが弾けとび全世界に恐慌状態が広まりました。1929年10月24日木曜日「暗黒の木曜日」バブル崩壊です。つづいて29日火曜日は「悲劇の火曜日」と後年語り継がれるくらい投資家はパニックになり終わりが始まります。
イギリスは植民地でのそのちからを徐々に失い古き良きイギリスは失われていきます。経済的にはブロック経済といわれる植民地との連携を強めた経済活動で生き残りを図ります。
ファッションは20年代のスタイルからより女性っぽい髪形ショートからカールした髪型へ変わっていき服も今風に言うとボディラインを強調した服装になっていきます。
日本では永井荷風や谷崎潤一郎江戸川乱歩などに代表されるような昭和初期の文学です。モガ、モボの時代です。
タカビーの元祖バンドル
バンドル嬢が大活躍です。誰に対しても完全に上から目線です。彼女の活躍が中心にハナシは進んでいきます。
貴族と成金の違いをクリステイは園丁の親方への接し方で描いています。成金の妻マライア・クートが遠慮がちに述べた意見を撤回してしまうのにもかかわらず、バンドルと父君であるケイタラム卿はやりたい放題です。
園丁の親方に有無を言わせません。まだ早いぶどうは食べたいといいボーリングをしたいから芝生を刈り込んでちょうだいとはっきり命じます。
ケイタラム卿はゴルフでダフって芝生に穴をあけます。
またにわとりは轢いたことはありますが人間を轢いたのは初めての経験であるバンドルはその後も運転は改めたようすはありません。
親父のほうは事後報告でのやりとりの会話がすべてトンチンカンで飲み込めていません。結果バンドルに「お父さまって、ほんとに度し難いわね。まるで、兎(うさぎ)ほどの脳ミソもないみたい」とかはっきり言われています。ケイタラム卿は気にしているようすはありませんが。
これこそが貴族です。
またバンドルは完全に男たちを手玉に取ります。被害者は前回も登場した使えない二人、ジョージ・ロマックスとビル・エヴァスレーです。
女性に対する積極的な行動力はあるのに成果がサッパリという文字通りの残念な男のビルはバンドルに良いようにコントロールされています。
日本のバブルの頃のアッシーやメッシー君の状態です。ムカシからいたのかこの手の男は。ようするにパソコンの配線をしてもらってお帰りいただくだけの男です。
ビル君は以下のように言われ続けますがくじけません。
「外務省にお勤めしていると、あなた、母国語がわからなくなるの?」
「その第一級のおつむを働かせなさいよ」
「ちょうど大きくて不器用な犬が、会えた嬉しさにしっぽを振るみたいだわ」
「なあに?あたし、なにかあるって、わかってるのよ。あなたには。隠し事はできないわね(あたしに)」
で、後半上司のジョージ・ロマックスがバンドルに結婚を申し込んでいると聞き及びビル・エヴァスレーはブチギレてこう発言します。
「バンドルに結婚を申し込む?あのうす汚ねえ豚めが。あの年で?」「--あのげっとくるおしゃべり袋の、あの鉄面皮の、おいぼれ偽善者の、だぼら吹き商人のーーきたねえ、悪臭ぷんぷんの自己宣伝やのーー」
これが上司に対する彼の評価です。嫉妬の炎に燃えくるってますな。
バンドルの父親のケイタラム卿は面白いから続けろとのたまいますが。
館で働いていたアルフレッドもバンドルに恫喝されたり心配してると言われたり硬軟取り混ぜられて良いように使われます。
「おまえ、承知なんでしょうね」「おまえがここでやっている事は、法律違反だということを」
疑惑のセブン・ダイアルズ・クラブへの潜入調査のさい、こう言いくるめられて協力するハメになります。
魅力的なタカビー女子バンドルの大活躍作品ですね、「七つの時計殺人事件」は。
「七つの時計殺人事件」のまとめ
バンドルが唯一警戒して一目置く男に値するのは本作品ではバトル警視のみです。
淡々とし過ぎて気づかない行動をとるバトルへバンドルは疑惑のまなざしを向けます。
バンドルは高飛車ではありますがさつな女でありません。
アタマの回転もはやく状況をすばやく俯瞰して先読みします。
そこで自分が違和感を感じるのはロンドン警視庁のバトルのみなのに気づきます。
いやアタマの良い女子です。
どんな家庭も切り盛りするでしょう。
しかし亭主が死んでも気にしないでしょう。
ユビキタス。
「あまねく遍在する」がまさかこの時代のクリスティ作品に登場していたとは思いも寄りませんでしたね。
まさしく本作品にはクリスティの意思があまねく遍在しています。