クリスティ短編集13です。1960年出版。6編。血ダクの「ポアロのクリスマス」(38年)から22年後の短編集です。クリスマスらしい雰囲気のクリスマスに読むにふさわしい短編集です。クリスティ自身がオススメしているくらいです。ぜひクリスマスにどうぞ。
短編集「クリスマス・プディングの冒険」
この短編集ではクリスティ自身が序文を楽しんで書いています。非常にリッチな短編集です。
幸せを感じられるプレゼント的な作品集といえるでしょう。
クリスマス・プディングの冒険 The Adventure of the Christmas Pudding (1923年)
「ポアロのクリスマス」(38年)より以前の作品です。血ダクがお好きな方はそちらを、古いイギリスのクリスマス気分を味わいたい方はこちらをどうぞ。
でもムカシの日本の正月やクリスマスもこんな感じでしたね。
セントラルヒーティング
寒がりで冬がキライなポワロがセントラルヒーティングがあるならという条件でイギリスの田舎まで出張ります。
事件の発端はナンパな王子のルビー盗難事件ですがけっこう国際的な重大な事件でもあります。
でもここでのイチバンのお楽しみは古いイギリスのクリスマスの状況描写です。
そしてプラム・プディングが問題です。
あなたはやって来る…
これはソングライター小谷美紗子の歌ですな。今回やって来るのはエルキュール・ポワロ氏です。
「クリスマス・プディングの冒険」はwikiでは1923年のミステリということですのでクリスティがまだ33歳です。日本では大正十二年ということになります。
ヴィクトリア朝のクリスマスですね。
しかしここでも最近の若い連中というか女子はとか嘆かれています。この発言はさらに後世でも同じく嘆かれています。
ですがやっぱり今風女子に思える女子も古風な女子です。
クランペット、サンドイッチ、ホットケーキ、ミンスパイ、ブランディー、コーヒー、ヒイラギ。そしてプディングに押し込められたアイテム。
ムカシのクリスマスですね。いいですね。目に浮かびます
そしてヤドリギ。
ロマンチックな言い伝えがこのミステリをさらに幻想的な作品に仕上げています。
私の子供ころはアイスのケーキに七面鳥にシャンパンになぜか豚足、鹿肉、たまに熊肉でした。なんで豚足。なんで鹿に熊。これは近所の炉端焼きのお店のおみやげでした。
それ以前はアイスのケーキではなくバタークリームの油っぽいケーキでした。
オトナになって本当の良質のバタークリームのケーキは生クリームのケーキに勝るのだと知りました。あやうく知らずに死ぬトコだった。とても美味しいです。オッサンはもう食べられないけど。
しかし今考えるとけっこうぜいたくなクリスマスでした。母親がスナックを経営していてお客さんがイロイロ持って来てくれていたのです。
ありがたいことでした。しかし残念ながら当時のわたしにクリスティを読む知能と教養はありませんでした。中二だったのに。ガクッ。
昔日の思ひでです。
思ひでの記憶がない方はここでポワロと一緒にクリスマスをお祝いしましょう。
わたしも15歳以降はクリスマスの印象がありませんので今年はポワロと一緒に過ごすつもりです。
スペイン櫃(ひつ)の秘密 The Mystery of the Spanish Chest (1939年)
ミス・レモン
ヘイスティングズが南米に移住してしまいツッコム相手をなくしたポワロの事務所の凄腕の事務員です。
このエピソードはミス・レモンにつきます。
てか、彼女的想像力欠如気味のマシーンのような人々へのポワロの感嘆やスコットランド女王メアリ・スチュアートを思わせるような女性へのポワロの人間観察が面白いミステリにもなっています。
また、この話にはミス・レモンに姉が以前スペイン櫃を買ったことがあるという発言があります。
このお姉さんは「ヒッコリーロードの殺人」(55年)ではシンガポールから帰国して寮母をしています。
負け犬 The Under Dog (1926年)
ステキなタイトルです。
そのものズバリでワタシのことですか。
マズイ立ち位置だと言われますがけっこうラクチンなポジションです。
血圧上がらないし。けっこうオススメします。
ジョージ
それはさておきですが、この負け犬のエピソードではポワロの有能な秘書ジョージが多岐に活躍します。
ポワロがジョージに煎れてもらう煎薬(テイザン)ってどんな物質なんでしょうか。
もちろんジョージが活躍するのはお茶淹れだけではありませんです。事件の解決へと名探偵に協力しています。
しかしジョージも昭和初期からあんなカンジで秘書をしていたんですね。
二十四羽の黒つぐみ Four-and-Twenty Blackbirds (1940年)
冒頭レストランでイギリス料理の礼賛から始まります。
イギリスロンドンは島国の首都らしくやはり日本の東京と似ています。しかも江戸前風に。
ポワロのツレのボニントン氏の持論は料理は素材の良さでの勝負です。フランス風のゴテゴテしたソースをかけたまずい素材はキライです。脂質異常症になります。あ、今回魚だからいいのか。
いやいやボニントン氏はそんなことはいっていませんね。ただ素材の鮮度について語っているだけです。
クリスティによると当時の上流の人々は全員健啖家と言っていいくらい食べたそうですが。でもヴィクトリア朝の人物は活動量が違いますからね。名探偵ポワロ氏以外は。
店では生きのいいヒラメの切り身が登場です。「パディントン発4時50分」(57年)のドーヴァーヒラメですか。(すいません。これ「バートラム・ホテルにて」(65年)でした)
この二十四羽の黒つぐみのエピソードはきわめてイギリスロンドン風です。
タイトルもマザーグースがモロですし、舞台はチェルシー、キングス・ロードのレストランです。こじゃれてます。
ちなみにマザーグースの二十四羽の黒つぐみの童謡は「ポケットにライ麦を」(53年)でも登場します。
夢 The Dream (1937年)
まったく一流好きは!って感じですね。
でもすべてはタイトルどおり夢です。
短いストレートな短編です。少しオカルト風です。
グリーンショウ氏の阿房宮 Greenshaw’s Folly
この短編集の中での唯一のミス・マープルが活躍するエピソードです。
阿房宮という建物は中国のものです。
この阿房宮は「死者のあやまち」(56年)にも重要な建造物として登場します。こちらはポワロがオリヴァ夫人から呼び出され乗り出すハナシです。
ポワロはオリヴァ夫人がプロデュースしたイベントでの事件を解決するのですが、その企画されたイベントの謎をただひとり解いた粘るミス・マープルとおぼしきバーサンについて後日語られるシーンが印象的です。
このグリーンショウ氏の阿房宮ではミス・マープルは例の甥のレイモンド・ウエスト氏(職業:作家)から意見を求められいつものようにずばりと解決します。
当然、セント・メアリ・ミードの人物をトレースします。
ある意味女性的に冷徹に。ミス・マープルはぶれません。やわな男とは違います。ヴィクトリア朝の女性だし。
また彼女の女性らしい素養がいつものように光るエピソードです。
「クリスマス・プディングの冒険」のまとめ
けっこう初期の短編が収められています。
でもクリスティが自信をもってすすめているだけあって素晴らしい構成内容です。
五月の連休にコーヒーを飲みながらでも夏休みにトロピカルジュースを飲みながらでも列車のなかでもすぐ作品世界に引き込まれるでしょう。
さすがクリスティで短編の名手とも言われるのもうなずけます。
ハレの日でもケの日でもイケます。
ちなみにわたしは病院のベッドで水を飲みながら読みました。
どなたにもオススメします。
「クリスマス・プディングの冒険」のまとめ(クリスマス用)
面白く何度でも味わえる夢のような短編集です。
クリスマスというイベントにふさわしい短編集といえるでしょう。特に表題作はクリスティの子供時代のクリスマスが投影されており当時の雰囲気が味わえます。
それに巻頭にあるクリスティの序文がすでにプレゼントっぽいですしね。当時の状況をさらに詳しく知りたければ自伝を読まれることをおすすめします。
この短編集を知っていれば、たとえ会社を辞めて彼女にフラれ六畳で半分しかない灯油をチビチビ焚きながら泣きながらたった独りで迎えたあのバブル時代にバブルの恩恵にマッタク浴せずJR東海の深津絵里のCMを山下達郎の音楽とともに観ていた当時のクリスマスのワタシにも希望を与えたことでしょう。長いな。
残念ながらワタシは当時もまだクリスティを読む知能がなかったのですが。
あの時やさしかったのはゲイバーのおねいさんだけだったよ、パトラッシュ。
しかし、クリスマスは幸せもマッチするけど不幸せもマッチしますね。ホント、クリスマスにはマッチが合います。わたしにはミスマッチでしたが。
この「クリスマス・プディングの冒険」はそのマッチの売れない少女に残された永遠に消えない一本のマッチのように孤独なこころに火を灯し温めるでしょう。老若男女を区別しません。しかも燃費がいいので北国でも大丈夫。ずっと灯っています。
もしあなたがクリスティに出会っているならどんなときどんなところでどんなにたった独りだと感じてもアガサ・クリスティという偉大な作家が残してくれた永遠のキャラクターがいつも寄り添ってくれているのを忘れてはいけません。
あなたは愛されています。
クリスティの作品世界は広く奥行きがあります。信じるに値する小説です。
まったくクリスティは偉大です。この短編集は超おすすめです。
メリィ・クリスマス。
皆さんに幸せが訪れますように。