ミステリ戯曲としてあまりにも有名です。1952年以来のロングラン公演。出版は1954年です。雪で閉ざされた山荘が舞台。それだけですでにミステリっぽい上にアガサ・クリスティ作です。奥行のある構成で引き込まれてしまうでしょう。ただの物語ではありません。世相を現しています。
「ねずみとり」のあらすじ
雪が激しくふりしきるマンクスウェル山荘のおそい午後。ラジオから不吉な事件のニュースが流れてきます。パディントンで女性が首を絞められて殺害されたのです。
若いモリーとジャイルズの夫婦はおばさんの遺産である民宿で初めての宿泊客を待っていました。
おりからの大雪の中、お客たちが次々を到着します。それぞれ個性的な宿泊客です。そして最後に緊急連絡が入り警察官が到着します。
そして雪は降り積もっていき、マンクスウェル山荘は孤立状態になり…。
あとは石炭をくべ続けるだけです。
「ねずみとり」の時代背景
ですが、雪に埋もれかかった山荘でひたすらくべ続ける石炭もロクな石炭じゃありません。戦後間もない頃、昭和20年代初め、のイギリスです。モノは配給制が続いています。
戦勝国とはいえギリギリの状態です。上流階級も没落気味です。これらの描写はとくに戦後のクリスティ作品に顕著に描写されています。
「ポケットにライ麦を」(1953年)で闇市で購入したナイロン靴下(ストッキングかしら、これ)のハナシが出てきますし、これらは60年代中盤まで文化に急速な変化が訪れても変わりはありません。
「葬儀を終えて」(1953年)にもそのあたりの配給描写と没落描写が描かれています。
ですがグッドオールドディズ、古き良き時代の人々は健在であり、ヴィクトリア朝の精神はまだ脈々と受け継がれています。
でも、この時代にイギリスには電気掃除機があり、ボイラーもあります。
一昨年亡くなられた渡部昇一先生がドイツに英語留学した際に、ドイツでは敗戦国なのにセントラルヒーティングが整っていたと書いておられたはずです。これより数年後のハナシですのでやはり欧州はすごいです。
「Luka」 スザンヌ・ヴェガ
この「ねずみとり」で扱われている問題はいつの時代でもある問題です。
昨今でもやりきれない事件が頻発しています。
「Luka」はスザンヌ・ヴェガがバブルが始まりかけた頃、1987年に発表したアルバムに収められた有名な曲です。
扱われている内容は「児童虐待」です。
リュック・ベッソンの「レオン」を観たときに思い出したのもこの「Luka」でした。ナタリー・ポートマン扮するマチルダも家族から虐待を受けていたのです。
やりきれない状態は現在も進行形です。
この「ねずみとり」は過去の農場での虐待事件が発端となっています。虐待は事件として扱われ法により裁かれ終わったかのように思われていました。
しかし、「事件」が終わるどころか新たな悲劇の始まりにすぎません。
被害者の子供の心の傷痕は癒されることはなかったのです。
ナイナイシリーズ
70年代風にしたかった…。しかし無理でした。
ナイナイシリーズ…精進します。
「ねずみとり」のまとめ
もともとは戦後すぐ、クリスティがラジオ番組用に書いた作品がもとになっているとあとがきにあります。
BBCに依頼されメアリー女王の80歳誕生日に作った「三匹のめくらのねずみ」がもとになっているそうです。
これはもちろんマザーグースです。
戯曲「ねずみとり」はどことなく「そして誰もいなくなった」(1939年)と「白昼の悪魔」(1941年)と「シタフォードの秘密」(1931年)を読んだときと同じような感覚におそわれました。もちろん気のせいですが。いわゆるクローズド・サークルですから当たり前ですね。
ただ、戯曲といえばジロッドゥ、ジャン・アヌイ、ブレヒト、ベケット、とか思い起こし、もはやこれまでとページを閉じずに、お茶を用意しながら最後まで堪能できるホントにマジ、トラップにかかったようにこの「ねずみとり」を読み終えるのは間違いなしです。
本当はお芝居としても観てみたいですね。
また小説版はハヤカワのクリスティ短編集9「愛の探偵たち」(1950年)の一編目に「三匹の盲ネズミ」として入っています。この短編ではナイロンストッキングが出てきますね。また思い出しましたが「バクダッドの秘密」(1951年)のパワフルなヒロイン、ヴィクトリアちゃんも贅沢品のナイロンストッキングをもらったと記述がありますね。
ちなみにナイロンストッキングは1940年に発売になったそうです。その数年前にデュポン社がナイロンを開発しました。ウーム。当時の世相というか女性の憧れのレアアイテムへの目配りはやはりクリスティと言えるのかもしれません。
文字どおり足が地についています。ナイロンストッキングの足が。
また小説版の方では内容というか人物設定に戯曲と違いがあります。