ひらいたトランプ CARDS ON THE TABLE アガサ・クリスティ 加島祥造 訳


クリスティ1936年の一級品推理小説です。トランプのブリッジが題材です。ルールは知らなくても大丈夫。過去を清算するためのたくみな駆け引きがハラハラします。ポワロをはじめとして、オリヴァ夫人、バトル警視、レイス大佐と豪華メンバーなのもみどころのひとつ。

「ひらいたトランプ」のあらすじ

嗅煙草入れ展示会。ポワロはひとびとに恐れらているシャイタナという男のパーティに招待されます。

彼の一流陳列品をポワロに見せるというのです。

その陳列品とは告発されていない殺人者たちでした。当日はそれぞれ面識があるメンバーが顔をそろえていました。そして食後ブリッジが開催されます…。

趣味の良い紳士のパーティじゃありませんね。

当然シャイタナ氏がサクっと殺されます。ナイフで。このひとが一番の謎です。

似たようなヒトに「ポアロのクリスマス」(1938年)のシメオン・リー氏がいます。この方も趣味の悪いクリスマスを考えて冒頭で血まみれで殺されるという、ある意味それでこそ、君だ!といえなくもない生涯を終えます。

シメオン氏とシャイタナ氏のお二方とも男子の本懐を遂げたと言うべきでしょうか。

で、ここからゲームスタート。

このパーティには「犯罪者」と「取り締まる側」が参加しています。

「取り締まる側」が豪華絢爛です。

ポワロ、バトル警視、レイス大佐、そしてアガサ・クリスティ本人です。

いえ、アリアドニ・オリヴァ夫人です。

アメコミの正義連合みたいなメンツです。それぞれが作品の主役級人物ですから。レイス大佐は情報員として四作品にでていますね。ナイル殺人事件が有名です。

で本作品が長編デビューになるオリヴァ夫人です。強烈なキャラです。大スキです。

「ひらいたトランプ」の時代背景

前年T・E・ロレンス(アラビアのロレンス)がオートバイ事故で死亡しました。著書は知恵の七柱です。

まだまだイギリスは植民地をかかえ国際的に力がありま…せん、もう。

1936年エドワード8世が即位します。しかし同年シンプソン夫人とのスキャンダルで退位します。王冠をかけた恋といわれました。

座右の銘は「よく振るまったというのはそれだけで価値がある」

エドワード8世はウインザー公爵となりシンプソン夫人と添い遂げます。昭和天皇とは若い頃からの友人でした。

第二次ロンドン海軍軍縮会議が開催されます。国際情勢に暗雲が立ち込めてきます。日本では当時、飢饉の東北地方ではふつうに村役場で娘の売り買いがされていました。

そのような政治家にたいして不満が募り青年将校を中心に226事件が起こりました。貴重な政治家を失い以後日本は軍国主義に傾きます。

ロンドンでは暖炉のあるアパートで紳士淑女のたしなみのブリッジが開催されています。王室スキャンダルよりもそれぞれの黒歴史をかけて勝負がおこなわれていました…。

なおアガサ・クリスティはビクトリア朝末期の生まれです。

レイス大佐VSバトル警部VSアリアドニ・オリヴァ

レイス大佐 出演

バトル警視 出演

アリアドニ・オリヴァ夫人出演

長短編多数です。

とくに晩年のアガサ・クリスティ作品にでています。クリスティのアバターです。ポワロシリーズ以外は「蒼ざめた馬」(60年)と「パーカーパイン登場」(34年)にでています。

「開いたトランプ」でもしょっぱなからオリヴァ夫人は強烈です。圧倒的な女尊男卑のフェミニストで犯人は「コイツだ!」と独断と偏見で決めます。

適当な知識で人気作品を仕上げます。本人も悪びれていません。彼女の小説は本質をとらえている作品なのでしょう。大のリンゴ好きです。オンナたるものかくあるべし。

フィンランド人探偵が主人公の小説を書いています。

著作は「読書室の殺人」など多数。ちなみに「書斎の死体」(42年)というミステリがアガサ・クリスティにはあります。ミス・マープルものですね。

1936年時代にこのような振るまいは女性には許されがたい行為だったのではないでしょうか。そんな偏見を吹き飛ばす女流推理作家です。尊敬します。

レイス大佐は「茶色の服の男」(24年)では「両手に花だ」と女の子の手をにぎることしか考えていないペドラー氏に言われているのに結局振られています。

諜報活動入る前にも振られたと告白しています。そのためとにかくいつも振られている印象です。

「ナイルに死す」(37年)では薄い印象です。映画ではコブラを仕留めるくらい。

「忘られぬ死」(45年)では他の男にいいところをもっていかれます。一流のひなだん芸人です。

クリスティ作品屈指の色男ですが、今回も一流をみせつけます。

ひなだんで。

バトル警視の「七つの時計」(29年)は「チムニーズ館の秘密」(25年)の続編になります。

頑固そうにみえてもこころが温かいです。

シブイキャラです。良い父親であるのは「ゼロ時間へ」(44年)で証明済みです。結婚に向いています。

男と女のタフゲーム!

正義チーム以外は冒頭あたりまえに被害者になるシャイタナ氏を除き黒歴史をかかえた人物ばかりです。

黒歴史人物の男女比は2対2です。この時代はまだ登場人物に古き良き英国のなごりがあります。ポワロはそれを人物観察眼でみごとに仕分けしていきます。

それぞれの黒歴史を解明していくのに人物の性格と行動習慣から推理していきます。

当然黒歴史をやらかしている人物ばかりですから一筋縄ではいきません。

ポワロの口ぐせの「一回ひとを殺すと次はたやすく実行するようになる」をまんまでいきますからね。

ゲームはチャッチャと進んでいくかのようにみえます。

その面白さはまったく知的なゲームです。テンポがいいのも「開いたトランプ」の特徴です。しかしその軽快な流れにまどわされぬポワロの眼には舌をまきます。

ポワロにはちょっとした動作で習慣や経歴を見抜かれてしまいそうです。

すごウデの就活面接官みたいです。でも旧友のヘイスティングズ大尉には「開いたトランプ」事件の評価は低いようでした。

「開いたトランプ」での世界観

「開いたトランプ」ではメイド・イン・ジャパンの髭剃りブラシなるものがでてきます。それからヨウという病気の話題がでてきます。

髭剃りブラシは床屋さんでの髭剃りで泡をつけてくれる道具です。

あまり家庭では見かけませんね。ヨウ(漢字がでません)は黄色ブドウ球菌から悪化する膿んだおできのようです。

「開いたトランプ」の英国では日本の評価はバブル時代に盛田昭夫が書いた「メイド・イン・ジャパン」の戦前の日本です。

日本の風土病だの、日本人って注意しないのかしらだの、日本製を敬遠してるだのといわれます。この時代からよくここまで我が国はがんばりました。

また最近評価落としてますけど。

「恋人よ、私は名誉を愛す以上にはお前を愛しえないだろう」という詩をポワロが引用します。

これはリチャード・ラブレスというジョン・ダンと同じ形而上詩人の詩だと思いますが定かではありません。

まあ、ポワロも「恋人よ、私はクリケットを愛す以上にはお前を愛しえないだろう」とやらかしてラクスモア夫人にまゆをひそめられますから。そうとう古い教養だとおもいます。

さすがですよね。アガサ・クリスティはユーモアで教養の世代差をあらわしています。また古き良き英国を体現してポワロに敬意をあらわされる人物がいます。

ウインザー朝の時代です。まだ「よく振るまったというのはそれだけで価値がある」の教養が生きていた時代だったんですね。

「開いたトランプ」のまとめ

ポーカーフェイスでポワロは犯人にペテンをかけます。

カードゲームにふさわしい結末です。知的な気分を味わいたいとき「開いたトランプ」をどうぞ。

また同年度の作品に「メソポタミア殺人事件」「ABC殺人事件」があります。こちらふたつも有名なミステリです。

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